みんなの笑顔が三重(みえ)てくる Jima-t’s diary

「地域性」に光をあて、「違い」を学び、リスペクトし、楽しむというスタンスで四日市や三重の魅力を伝えていきます

全日本大学駅伝 2023

Ep.180

日市の「」は区の「」。

全日本大学駅伝の話である。(Ep.121474127参照)

 

沿道観戦は私にとって恒例行事。今年は11/5(日)に行われた第55回大会。

日本陸連 HPより

 

今大会のレース前、駒澤大学の優勝確率は98%(私見)であった。

昨シーズン「大学駅伝3冠」を達成し、エース・田澤廉が卒業したものの今シーズンはむしろ、戦力は増したのではないかと思われる。

10月の出雲駅伝は完勝。この全日本は4連覇を目指して伊勢路に乗り込んできた。

 

出雲駅伝を制した駒澤大学 The Sporting News より

 

私は今年も4区序盤で観戦するため、JR四日市駅近くに9時10分には到着。

 

 

まだ観戦待機者はまばら

 

レースは8時5分に名古屋・熱田神宮をスタートしていた。

1区序盤、青山学院大の若林宏樹が飛び出す(こういうところはさすが青学だ)。

しかし終盤にかけて徐々に差が詰まり、ラストは駒澤大・赤津勇進、早稲田大・間瀬田純平の競り合いとなり、赤津が制す。

 

優勝を狙う他大学にとっては駒澤より前でレースを進める必要があったものの、それすら阻止した。正直に言うと赤津の区間賞には脱帽だった。

 

赤津勇進選手 月刊陸上競技 より

 

2区、駒澤は佐藤圭汰。5000mのアジア大会日本代表(6位)にして学生最強ランナーの一人。

佐藤の存在ははっきり言って別格であり、そもそも駒澤は仮に1区で出遅れても2区佐藤で逆転してタスキ渡しの時点では先頭にいることができるという確かな計算が成り立っていた。

 

トップでタスキを受けた佐藤は入りの1kmを2分37秒(!?)という驚愕のタイムで駆け抜ける。これはニューイヤー駅伝2区(旧)のケニア人ランナー並みの爆発力である!

私は中継をTVerで観ていたが、ゲストの伊藤達彦(Honda)が「嘘でしょ? すげーな」というようなニコニコした表情をしていたことが印象的だった。

 

ラストの揖斐長良大橋Ep.79参照)を猛スパートで駆け抜けた佐藤は区間賞・区間新記録を獲得。駒澤のリードを広げた。

 

山中秀真選手 2023箱根駅伝時 You Yokkaichi より

 

なお2区では城西大のスピードランナー、山中秀真(四日市工業高校)が出走。地元は鈴鹿市。今年2月に開催された「美し国三重市町対抗駅伝」(Ep.142参照)においてチームを優勝に導いた山中選手が”ほぼ地元”に凱旋した。

 

ただ結果は区間10位。本人としては不本意なパフォーマンスだったことだろう。

 

レースは3区へ。駒澤は篠原倖太朗。予想通り当日変更で3区に登場。1万m27分38秒、ハーフマラソン日本人学生歴代最高記録保持者(1時間00分11秒)の3年生エースである。

後続との差をどんどん離す。

 

他大学は駒澤に対応するため2区佐藤までは手を打った。が、3区まではコマが足りない。

結局、3区終了時点で篠原は2位青学に1分という大差をつけてタスキ渡し。

駒澤の2区・3区のワンツーパンチは強力だった。

 

なお3区では東京国際大学で地元、桑名市出身の佐藤榛紀選手(四日市工業高校)が快走。上位を走っていたこともありTV中継でも紹介された。

 

佐藤榛紀選手(右) 4years. より

 

4区、駒澤は赤星雄斗。ハーフマラソン1時間2分00秒とこの一年で力を伸ばした同選手は、駒澤においては中堅選手だが他大学ではエースを張っていてもおかしくない。

そんな赤星選手と後続のランナーたちがついに私が待機している沿道までやって来た。

 

 

声援と拍手を送る。

私にとっては彼らをスマホで撮ることなんてどうでも良いことだ。

 

周囲を見るとスマホでの動画撮影と写真撮影に注力する人がちらほら。私の近くにいた中年男性など、3分間くらい無表情で動画撮影に集中していた。

彼の目的は何なのか? 動画をSNSにアップして「いいね!」をもらいたいのか? 友人に自慢したいのか? 単なる自己満足か?

沿道観戦に訪れたのに自分のスマホのディスプレイ越しでしか選手を見ていない。応援も拍手もしない。であれば来るべきではない。だいたい選手に対して失礼だろう。

 

4区赤星はさらにリードを広げる。5区へのタスキ渡しの時点で2位と1分22秒差。駒澤の終盤のメンツを考えると他大学にとって逆転は既にして絶望的な差である。

 

伊藤蒼唯選手(出雲駅伝時) 毎日新聞 HPより

 

5区、駒澤は伊藤蒼唯。昨シーズンの2023箱根駅伝6区で初登場して区間賞を獲得したルーキーは2年生になって出雲でも優勝に貢献。同チームにおいて出走メンバーを勝ち獲るあたり、ますます実力をつけているもよう。

区間2位の走りで6区へ。

 

6区、駒澤は安原太陽。3年連続で同区間に登場。彼の出身は「鈴鹿10座」を制定した鈴鹿山脈西側の町・滋賀県東近江市。”プチ地元”である津市を走る。

誰よりも本コースを熟知する安原が区間賞を獲得。7区へ。

 

レース前、駒澤の藤田敦史監督は「7区と8区には絶対的な自信を持っている」と述べていた。

2区佐藤、3区篠原の序盤のワンツーパンチがある上での同発言に他大学は羨むばかりである。

 

7区、駒澤は鈴木芽吹。5000m13分24秒、1万m27分30秒、1年生のときから将来のエースとして期待された同選手はモノが違う。

タスキを受けた時点で2位とは2分21秒差であり優勝はほぼ確定していたものの、偉大なる田澤廉の記録に挑む攻めの走りを披露。気温上昇のため叶わなかったが「史上最強だった昨シーズンを超える」ことを目標に置いた今シーズンの駒澤大学の姿勢を強烈に示した。

 

最終8区は山川拓馬。ルーキーイヤーの昨・全日本4区に登場してから丸1年。箱根5区、出雲3区に出走し「最強駒澤」の不可欠なピースとなった男が、名ランナーがドラマを生んできた19.7kmを疾走する。

2位争いが青学大國學院大、中央大で白熱する中、終始一人旅でTV中継にもあまり映らない。

 

山川は伊勢神宮・内宮宇治橋前のゴールテープを先頭で切ってフィニッシュ。

駒澤大学は1区から1度も首位を譲らない完璧なレースで全日本大学駅伝4連覇、かつ同大会史上最多となる16回目の優勝を果たした。

 

山川拓馬選手 読売新聞 HPより

 

山川は区間賞を獲得。2位青山学院大とは実に3分34秒もの差がついた。

3区篠原が2位以下に1分差をつけた時点でほぼ勝負を決めた(≒他大学は白旗を上げた)と考えると、その場所的にはまだ四日市コンビナートだった。

言い換えると、四日市鈴鹿→津→松阪→伊勢神宮、とまだ70kmもの道のり(!?)があるのに、それでも「1分間」という差はあまりにも大きなものなのだ。

後方でレースを進めるチームはまだしも、トップを走るチームを捉え、逆転するというのは、やはり駅伝において途轍もなくハードルの高いものなのだ。

 

大会公式HPより

 

駒澤は花尾恭輔が出走しなかったのは残念だった。

3年連続で8区に登場して3年連続でトップでゴールテープを切ることで“伝説の選手の一人”になることを期待したが。ただ前日の新聞報道で「状態は7〜8割」という本人コメントからすると致し方なかった。

 

駒澤で脱帽すべきは2区佐藤、5区伊藤、8区山川の2年生トリオである。

佐藤のように名門の京都・洛南高校で5000m、3000m、1500mの高校日本記録を更新したエリートが更なる成長をしている一方で、島根・出雲工業高校(伊藤)、長野・伊那農業高校(山川)出身で高校時代は無名だった選手も出てくる。

 

大八木弘明総監督の著書『必ずできる、もっとできる。』によると、

全員が全員、エリートである組織より、泥臭さを備えたり、個性を備えたりした選手がいる組織の方が間違いなくうまくいく

とあった。

 

社会や企業は声高に「組織における”Diversity(多様性)”の大切さ」を叫ぶが、これほどまでに腹に落ちる例が他にあるだろうか!? いや、ない。

 

ところで完敗した青学の原晋監督がレース後に述べた、

駒澤大学は留学生がいればニューイヤー駅伝でも優勝できるのではないか。まさに学生史上最強

とのコメントは駒澤ファンを歓喜させた。(もちろん原監督としては「その史上最強・駒澤に箱根では勝って俺たちが最強になるんだ」と学生たちに発破をかけて箱根に向けて仕上げてくるに違いない)

 

これは、

もし箱根駅伝を優勝する大学がニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)に出場していたならば、何位を獲れるか?

という、長距離ファンなら必ず1度は考えたことがあるであろう問いに対する、その当事者により提示された非常に興味深い一つの見解であった。

 

さて、これは本当に、実際のところどうなのだろうか?

そこで私は今回「もし、駒澤大学ニューイヤー駅伝2024に出場したら」ということでレースをシミュレーションしてみることとした。

 

<もし、駒澤大学ニューイヤー駅伝2024に出場したら>

[背景]

ニューイヤー駅伝とは毎年元日に群馬県で行われる実業団の日本一を決める駅伝大会である。従って5000m、1万m、マラソンなど長距離種目の世界選手権・五輪代表が集結して競う。

2024年大会はコース変更が施されるためこれの影響がどう出るかはまだ分からない。

 

優勝争いという意味では、Honda、富士通トヨタ自動車が軸となる。これに駒澤大学はどう挑むのか?

 

[1区 12.3km;篠原倖太朗]

篠原倖太朗選手 スポーツ報知 より

 

社会人の格上相手に本気で優勝を狙う駒澤は1区に出し惜しみなく篠原を起用。これにより実業団の有力チームたちとまずは互角のトップ争いができそうだ。

レースは集団で進み10km過ぎからペースアップ。松枝博輝(富士通)、田中秀幸トヨタ)らがスパートするも篠原は余裕でついていく。

 

残り1kmをきってついに篠原が先頭に。そのまま中継点に飛び込みトップでタスキ渡し!

出雲駅伝1区で見せたクレバーな走りをここでも披露した駒澤大学の篠原が並みいる実業団トップランナーたちを抑えて区間賞を獲得! 駒澤、これ以上ない滑り出し。

 

[2区 21.9km;鈴木芽吹]

鈴木芽吹選手 月刊陸上競技 より

 

新2区は正真正銘の日本トップの長距離ランナーたちが集結した。駒澤はもちろん主将・鈴木を起用。トップでタスキを受けて走り出す。

4秒差の2位で田澤廉(トヨタ)が発進。さらに3秒後に浦野雄平(富士通)、その後も20秒以内に伊藤達彦(Honda)、市田孝(旭化成)、吉田祐也(GMO)、近藤幸太郎(SGホールディングス)、井上大仁三菱重工)らが続々とスタート。まさに華の共演の様相である。

各ランナー、入りの1kmは2分42秒前後を記録。もはや彼らのレベルからすると“突っ込ん”で入っている、とは言えないだろう。

 

田澤は3km手前で鈴木に追いつくが鈴木も前につかせず、2人の並走が始まる。やや田澤が引っ張っているように見える。8km手前では伊藤と近藤が3位・浦野を捉えて3人で2位集団を形成。トップの2人とは10秒の差がついている。

15kmを過ぎても状況は変わらず。2位集団の伊藤たちとしてはトップとの差を縮めたいところだがさすがは田澤と鈴木、逆に引き離し20秒程度に差が開こうとしている。

田澤と鈴木の並走、なんて神々しいのだろう。日本中の駅伝ファンが固唾を飲んでレースを見つめる。

 

19km過ぎ、ついに田澤が前へ、しかし鈴木も必死に食らいつく。天から贈られたかのような劇的なシチュエーション下で、ここで負けたら永遠に勝てない、とばかりに憧れと目標の1学年上の偉大な先輩を追う魂の走りである。

残り500mで田澤も苦悶の表情だが影は踏ませない。最終的に中継点にトップで飛び込んできたのは田澤。既にして現役日本人最強ランナーの面目躍如となる駅伝での社会人デビュー戦を堂々の区間賞で花を添える。

9秒差の2位で鈴木。タスキを渡した後倒れ込む。全身全霊をかけた田澤への挑戦が終わった。駒澤、2区を終えて第2位。大健闘である!

さらに25秒遅れで近藤、伊藤、浦野と続く。ここまで(5位まで)で先頭から50秒差と、優勝争いは絞られつつある。市田、井上はさらに30秒後にタスキ渡し。もはや世代交代は確実に進行しているようだ。

 

[3区 15.4km;安原太陽]

安原太陽選手 月刊陸上競技 より

 

3区、駒澤は安原を起用。9秒前の太田智樹(トヨタ)を追う。昨年の同区間賞にして、この1、2年間で最も実力を伸ばした実業団ランナーの太田は明らかに格上だが、鈴木主将が見せた魂の走りを継ぎ全快で前を追う。

その後方の様子を見ると、中谷雄飛(SGホールディングス)、川瀬翔矢(Honda。名張市皇学館大学出身)、坂東悠汰(富士通)と続き、更なる後方では相澤晃(旭化成)、大迫傑GMO)らもスタートしている。

 

中間点を過ぎてトップを快走する太田。安原も検討しているが徐々に差は開く。その後ろでは変化が、坂東が3位まで上がってきている。ただし2位・安原とはまだ15秒程度の差がある。

さらに後方、ケガからの復活が期待される1万m日本記録保持者の相澤だがピリッとしない。大迫に追いつかれる。ものの、大迫は「俺の後ろについて来い」かの様相で相澤を引っ張る。カリスマ、先駆者など、大迫の形容は数多あるものの、高い視座で日本陸上界に提言し、後輩を想う同選手がゆえにそう見えさせているのだろうか?

 

3区終盤、太田は圧巻の強さを見せてトップで中継。その20秒後に駒澤の安原が中継所に飛び込んで来た!

安原はこの1年間、5000mの春の学生王者となりワールドシティゲームズ(旧ユニバーシアード)の日本代表になる(本大会では2位!)など更なる実力をつけた。駒澤大学の驚異的な層の厚さゆえに出雲&全日本大学駅伝ではいわゆる「つなぎの区間」を任されてきた男が、ニューイヤー駅伝の新3区という準エース区間の起用で期待に応えた。

3位以下は23秒差で坂東、川瀬、中谷と続く。大迫と相澤も中継所へ。2人で走る姿は稀に見る光景だったが区間タイムとしては突出したものでなく、従って上位との差は詰まっていない。

 

[4区 7.8km;佐藤圭汰]

佐藤圭汰選手 月刊陸上競技 より

 

唯一外国人ランナーの出走が許されるインターナショナル区間である。しかし駒澤にケニア人ランナーはいない。原監督は「駒澤に留学生がいれば・・」と述べていたがいないのだから日本人ランナーで勝負するしかない。そうなると「佐藤圭汰1択」である。

20秒差でトップのビダン・カロキ(トヨタ)を追う佐藤は入りの1kmが2分36秒。全日本大学駅伝終了後、八王子ロングディスタンスの1万mを経てこのニューイヤー駅伝4区に特化したトレーニングを積んできたとのことで、このハイペースをどこまで持久できるか。

キメリ・ベナード(富士通)、イェゴン・ヴィンセント(Honda)といった優勝を狙うチームのケニア人ランナーたちも前を追う。

 

ビダン・カロキ選手 トヨタ自動車陸上長距離部 HPより

 

4kmを過ぎて異変が。明らかにカロキのペースが上がっていない。佐藤に差を詰められているのである。

広島・世羅高校エスビー食品DeNAと渡り、1万m自己ベスト26分52秒、ケニア代表として計4度の五輪・世界選手権出場。

ビダン・カロキとは「日本長距離界のシステムが育て上げた最強最高のランナー」である。

そんなカロキも30歳を過ぎてここ数年は往時のパフォーマンスを発揮できず。トヨタとしてはその不安が的中してしまった形だ。

 

6km過ぎ、遂に佐藤がカロキを捉え、追い抜く。こんな展開を予想できただろうか?

思えば2007年の箱根駅伝2区で「駅伝史上最強ランナー」メクボ・ジョブ・モグス山梨学院大)が失速して竹澤健介(早稲田大)と黒崎拓克(東洋大)に抜かれた際、TV中継の実況アナが「モグスが日本人に抜かれるところを私は初めて見ました!」と絶叫していたが、あれに似たことが起こっているのだ。

 

篠原・鈴木・安原が魂の継走をし、彼らから勇気と希望をもらった駒澤大・佐藤がトップで中継所へ!

しかし喜んでばかりはいられない。3位ベナードがわずか5秒差でつないだからだ。4位カロキ、5位ヴィンセントもほぼ同時にタスキ渡し。4区が終了して5位までが10秒以内にひしめくという大混戦である。

 

[5区 15.8km;山川拓馬]

山川拓馬選手 月刊陸上競技 より

 

後半の3区間が始まった。山川(駒澤)、塩尻和也(富士通)、西山雄介(トヨタ松阪市、伊賀白鴎高校出身)、青木涼真(Honda)と続く。

山川は選手としてもチームとしても格上の3人に追われる立場としてスタート。だが彼に動じる気配はない。エリートとは無縁の高校時代から王者・駒澤に入学し、ルーキーイヤーは箱根5区山登りにてトップで青学とほぼ同時にタスキを受けると独走して往路優勝のゴールテープを切った。そんな同選手は、度胸とハートの強さも売りである。

 

まずは塩尻がこの若者に襲いかかる。わずか1kmで山川に追いつき、追い越す。後ろにつく山川。塩尻としてもここで一息つく余裕はない。後方から青木と西山雄が来るのでハイペースを維持せざるを得ないからだ。

中間点を過ぎる。4人は6秒以内にひしめく大混戦である。

 

最初に脱落したのは西山雄だった。マラソンでのパリ五輪出場を狙う同選手は2月に行われる東京マラソンに向けたトレーニングの真っ最中。1万m27分台のベストも持つものの、現状では15.8kmのロードレースに対応するスピード持久力はなく、ずるずる後退していく。

トップは3人の集団となっていた。塩尻、山川、青木。5区はいよいよ終盤を迎える。

 

塩尻の表情が苦しいものとなっていく。本区間は「赤城おろし」による向かい風と上り坂が立ちはだかるニューイヤー駅伝の最難関区間。ここまで先頭で一身に風を受けてきた影響が現れ始めたのか? 塩尻としても2位でタスキを受けたのだから、山川を捉えた際、彼の後ろについて「風よけ」とするプランもあっただろうが、それを実行しなかったのは3000m障害で日本チャンピオンになったこともあるプライドゆえか、あるいは格下(学生)相手への慈悲であったか?

後ろについていて塩尻が疲れてきたことに気付かないはずもない山川は、5区残り3kmの地点で前に出る決断をする。駒澤、再度トップへ!

 

もちろん青木も同様に前へ。スパートをかけた山川と青木に対して塩尻は対応できず、2人との差が徐々に開いていく。

当然、ここで青木はさらにギアを上げて山川の前に出、突き放したいところだが意外にも余力を残していないように見える。実は同選手も、今夏のパリ五輪出場を3000m障害で目指す選手の一人。適性ゆえ5区に起用されたものの、3障のトレーニングを積んでいた現状では15.8kmという長丁場に完全に対応できていなかったようだ。

 

山川、力強く前へ。実業団の格上3人を、タスキ受け取り時点から更に離す、衝撃の走り! いくつかの幸運を味方につけて、されど駒澤にとって「同区間は山川しかいない」という必然を基に。トップで中継所へ!

 

[6区 11.2km;赤星雄斗]

赤星雄斗選手 朝日新聞より

 

6区、駒澤はトップでタスキを受けて赤星がスタート。同選手の駒澤大学における駅伝歴では常なるシチュエーションである。「つなぎ区間」や「後半区間」との呼称ではどうしても「実力が劣る選手」と見られるが、当該区間特有の「走り方」があるのが駅伝という競技であり、それを実行できるチームが“駅伝力”を有するとされるのだ。

10秒差の2位で丹所健(Honda)、さらに10秒差の3位で鈴木健吾(富士通)、さらに15秒差の4位で西山和弥(トヨタ)がスタート。ここまででトップ駒澤から35秒差。優勝争いという意味では4チームに絞られた。

 

快調に自分のペースを刻む赤星。距離の短い新6区ではすぐにでもトップに追いつくしかない2位の丹所だが差は詰まらない。2年前、東京国際大3年生時の調子ならば捉えておかしくないが、やはり当時までの状態には戻っていないようだ。

ラソン日本記録保持者・鈴木と2023世界選手権マラソン日本代表の西山和。この区間での2人の起用はなんとも贅沢に思えるが、パリ五輪出場をマラソンで狙う2人は実は同駅伝に特化したトレーニングをしていなかった。「6区11.2kmの短さならば負担はないし区間上位では走ってくれるだろう」というコーチ陣の“消極的な”采配により起用されているにすぎなかったのだ。そんな状態の彼らであるから、この駅伝、この区間に照準を合わせてトレーニングしてきた赤星にとっては敵ではなかった。

 

赤星はラストも上げて2位以下との差を離しにかかる。

このあたりで監督・コーチの控え室からは「マジで駒澤が優勝しちゃったな..」という声が聞こえ始める。

6区、結果的に上位に順位変動は起こらず。赤星と駒澤大学、とうとうトップでアンカーにタスキを持って来た!

 

[7区 15.6km;花尾恭輔]

花尾恭輔選手 JB pressより

 

駒澤大学の7区、栄光のアンカーを託されたのは花尾恭輔である。長距離ロード適性でチーム内屈指の同選手は2023箱根駅伝を体調不良で欠場して以降、出雲と全日本も欠場。そんな彼が今シーズンの駒澤大学のラストにして最大の挑戦である本駅伝に満を持して登場したのだった。

2位・中山顕(Honda)は中継所で遥か30秒以上の後方から前を追う。逆転に望みをかける。

 

しかし花尾の走りは力強い。ブランクを感じさせない。藤田監督、大八木監督ももう確信しているようだ。もはや駒澤の優勝は確定しつつある。一歩一歩、ゴールに向かって走る花尾。

 

監督・コーチの控え室、走り終えた他チームの選手たち、及びTV中継の陸上関係者たちからは「やりやがった」「信じられない」「駒澤すごすぎ」「脱帽です」「実業団が大学に負ける? 冗談じゃない(怒)」「しかもケニア人いないよね? やばっ!」などの声があちこちで聞こえる。

そんな声はつゆとも知らず、花尾はついに群馬県庁前へ。沿道の観戦に訪れたファンたちが歓喜で湧くなか、ついにフィニッシュテープを切ったのだった!! 駒澤、優勝!!

 

自分たちが最強だと証明するため、実業団No.1を決めるニューイヤー駅伝への参加という空前絶後の挑戦をし、見事勝利した”駒澤大学2023”。

この物語は、日本陸上長距離界における”神話”として永遠に語り継がれていくことだろう。

(笑)

 

月刊陸上競技 より

 

というシミュレーションをしてみた訳だが、話を「全日本大学駅伝2023」に戻そう。

出雲・全日本を勝利した駒澤は2年連続の「大学駅伝3冠」という大偉業に王手をかけた。2ヶ月後の箱根駅伝2024では「3大駅伝6連勝」という記録にも挑む。

 

全日本に特化すると、これで4連覇を達成。通算16回目の優勝はもちろん単独最多である。

全日本大学駅伝とは、駒澤大学の勝利の歴史

それを地で行く今大会となったのであった。

 

 

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All Japan University Ekiden Championship 2023

Ep.180

“All Japan University Ekiden Championship 2023” was held alongside Route23 from Nagoya to Ise-jingu shrine, way to Yokkaichi, so long 106.8km.

This year, Komazawa university won this race, in other words they achieved their 4 consecutive win and their so many 16 times champion!!

 

Especially, this team was said to “The Strongest of All Time”.

If so, are they able to also win “All Japan Businessman Ekiden Championship”?

I imagine Komazawa’s participation and its race development.

 

daigaku-ekiden.com

www.sponichi.co.jp

 

 

四中高 & 四日市メリノール学院

Ep.179

四日市市西部ののどかな田園の中にある四日市中央工業高校四日市メリノール学院中学・高校

いずれも三重県を代表するスポーツの強豪校である。

 

四日市中央工業高校>

四日市中央工業高校 HPより

 

1962年開校の四中高(よんちゅうこう)。

市内には他に四日市工業高校(よんこう。Ep.42参照)もある。市内に2つの工業高校があるところが工業都市四日市である。

 

四中高は言わずと知れた男子サッカーの名門。

全国高校サッカー選手権大会では優勝1回、準優勝3回。インターハイでは優勝2回。

 

小倉隆史鈴鹿市出身。名古屋グランパスなど。Ep.48参照)

中西永輔鈴鹿市出身。ジェフ市原など)

坪井慶介(東京都出身。浦和レッズなど)

浅野拓磨菰野町出身。独・ボーフム

 

と、OBには日本代表が並ぶ。

以前にも記したがJリーグ元年(1993年)は私が小学2年生のとき。あの時代の熱狂はすごかった(Ep.118参照)。

今でも覚えている。当時のスポーツ雑誌が家にあり、その中には中西永輔選手のグラビア写真のページも。

茶髪で短髪の中西選手。ビーチでの撮影だった。

 

ただ私は

「この人の顔のどこがカッコいいの?」

と不思議に思っていた。

カズと武田の顔はカッコいいな、とは子どもながらに理解を示していた。

けれど、中西永輔? この人の顔、全然カッコよくないじゃん、と。

 

現在の中西さん SKYサッカーアカデミー HPより

 

ということを思い返すと、当時小2の私は随分失礼だったよなと思うが、中西永輔とはジェフ市原(現・ジェフ千葉)の伝説的選手である。98年フランスW杯戦士でもある。

 

当時の私は知らなかったが、中西選手は四中高出身だったのだ。

 

98年フランスW杯時 時事通信より

 

四中高サッカー部出身で今をときめくといえば浅野拓磨選手。

22年カタールW杯ドイツ戦での電光石火の勝ち越しゴールに地元が湧いた。このゴールは世界も驚かせた。

 

浅野選手 Jリーグ HPより

 

四中高は他に、男子水球部も全国の強豪である。

21年のインターハイでは優勝を果たした。

 

四中高 男子水球部 中日新聞 HPより

 

四日市メリノール学院中学・高校>

四日市メリノール学院中学・高校は奇しくも四中高と同じ1962年、私立の女子校として開校。四中高から1kmほど離れた場所にある。

メリノールは近年、突如として中学男女バスケットボール界の王者となった。

 

 

女子バスケ部は2017年、男子は2018年創部だというのに、

全国中学校体育大会(全中)で21年に女子が初優勝、22年に大会史上初の男女同時優勝(女子は2連覇)。23年は男子が優勝(2連覇)、女子はベスト4。

Jr.ウィンターカップで女子は21年、22年で連覇。23年ベスト4。男子は23年ベスト4。高校バスケ界の最大のタイトルが「ウィンターカップ」であるが、その中学生年代の部として「ジュニアウィンターカップ」が21年から開始された。その初代王者となった)

 

女子で当時中心選手だったのが福王伶奈選手(センター)と黒川心音選手(ガード)。

192cmの福王選手は高校2年にして日本代表の合宿に初招集され、以降も世代の日本代表として活躍中である。

 

このようにメリノールは中学バスケ界に地殻変動を起こしたと言える。もはや絶対王者になりつつあるのだ。

 

四日市メリノール学院中学 男子バスケ部 Basketball Kingより

四日市メリノール学院中学 女子バスケ部 Basketball Kingより

福王伶奈選手 Basketball Kingより

 

中学バスケ界での輝かしい実績を受けてか、メリノールは高校でもバスケ部が始動(女子19年、男子21年創部)。

いずれも三重県王者となり、全国大会出場の常連になりつつある。

 

特に女子は中学での無敵の強さを活かして高校でも一気に全国の頂点に駆け上がることが期待される。

ただし高校女子バスケ界といえば、隣県に絶対王者桜花学園名古屋市昭和区)が存在。高校3大タイトルの合計優勝回数71回!?(インハイ25回、国体22回、ウィンターカップ24回。23年11月現在。桜花学園バスケ部HPより)という、訳が分からないくらい常に全国優勝しているチームだ。日本代表も無数に送り込んでいる。

前述の福王選手も黒川選手も、桜花学園に進学した。

 

桜花学園を超えるのは容易ではないだろうが、メリノール中学の有力選手たちが桜花に流れずこぞって内部進学するならば、間違いなく肉薄していくことだろう。

 

ちなみにもう一つの隣県の岐阜女子高校も強豪。

近い将来、愛知・岐阜・三重の東海3県(Ep.68参照)で高校女子バスケ界を席巻することになるかもしれない。

 

桜花学園バスケ部(2023年) HPより

 

四中高とメリノールのついでにもう一つ付け加えると、メリノールの200m隣に四日市市立大池中学校がある。

ここは横浜DeNAベイスターズの東克樹(あづまかつき)投手の出身中学である。(三重北小→大池中→愛工大名電高→立命館大→17年ドラフト1巡目)

23年シーズンは16勝3敗、防御率1.98と衝撃的なブレイクを果たし、セ・リーグ最多勝を獲得。日本球界を代表する左腕となった。

 

大池中学校 HPより

東投手 中日新聞 HPより

 

四中高 & 四日市メリノール学院(と大池中)。

結局何が言いたいのかと言うと、近くまで訪れたことがある人なら分かると思うが、これらは圧倒的な“田舎”にあるということ。

周囲には田んぼと林(と高速道路)しかないのだ。

 

四日市というとコンビナートの印象が強いかもしれないが、市西部(東名阪自動車道四日市IC近く)は圧倒的に自然豊かな場所である。

 

 

小倉も中西も浅野も福王も東も、この地で学生生活を送り、競技力を向上させ、そして全国や世界の舞台に羽ばたいて花開いた。

なんて痛快なことだろう。

 

今後も彼らのような選手がこの地から出てくることを期待するのだった。

 

 

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Yokkaichi Chuo Industrial High-school & Yokkaichi Maryknoll Gakuin Junior-high, High school

Ep.179

The west area of Yokkaichi city is very countryside comparing to seaside industrial area.  Yokkaichi Chuo Industrial High-school and Yokkaichi Maryknoll Gakuin Junior-high, High-school are located there.

Both schools have strong club team, each Men’s Soccer and Men’s/Women’s Basketball.

They have won All-Japanese High/Junior-high school Championship several time and made some players Japanese representative.

How wonderful such serene area are from!

 

www.mie-c.ed.jp

www12.plala.or.jp

maryknoll.ed.jp

www.chunichi.co.jp

news.yahoo.co.jp

ohka-hs.com

www.yokkaichi.ed.jp

www.chunichi.co.jp

 

三岐鉄道北勢線 黄色の車体といなべの青空は抜群に映える in 阿下喜

Ep.178

西桑名駅からいなべ市の阿下喜(あげき。Ep.51143参照)駅までの20.4km、計13駅を結ぶローカル鉄道、三岐鉄道北勢線(さんぎてつどうほくせいせん)

1914年開通である。

 

三岐鉄道三岐線Ep.175参照)の東側を並行して走っている。

 

三岐鉄道 HPより

 

特徴の一つはナローゲージであること。

幅762mmの線路は、全国的にも四日市あすなろう鉄道Ep.163参照)と黒部峡谷ロッコ電車とこの北勢線の3鉄道しかない。

全国のてっちゃんはナローゲージを体感するためにこの三重までやって来るのだ。

 

ナローゲージ

北勢線事業運営協議会事務局 HPより

 

出発は西桑名駅から。

「西桑名」とはなっているものの、JR &近鉄の桑名駅からは100mほどしか離れておらず実質的には同じである。

 

名駅コンコースより 右手が近鉄名古屋線、中央がJR関西本線、左が三岐鉄道北勢線西桑名駅

 

単線を進む。真夏の青空のもと、陽は強く、緑も眩しい。

 

駅で対向車の待ち合わせ

昭和初期のカラーの復刻版車両

ヴィアティン三重Ep.46130177参照)のラッピング車も

 

楚原(そはら)駅→麻生田(おうだ)駅→終点の阿下喜駅

に至るが、この辺りは「林を突っ切る」というかほぼ「藪の中」を走っている。

 

 

阿下喜に到着。

私はいなべが好きなのでこの地にもクルマで何度か訪れたが、鉄道で来るのは初めてである。

 

 

駅の外にはこの鉄道の最初期の復元車両が屋外展示されている。

 

 

それにしても、黄色の車体といなべの青空は抜群に映える。

彼方には藤原岳Ep.67参照)をはじめ鈴鹿山脈の山々も。

相変わらずの美しい景色であった。

 

 

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Sangi Railway Hokusei Line

Ep.178

三岐鉄道北勢線 Sangi Railway Hokusei Line is a local train and runs 三岐鉄道三岐線 Sangi Railway Sangi Line in parallel.

Short 20.4km from Nishi-Kuwana to 阿下喜 Ageki is the way from town to countryside.

The terminal Ageki is the best scenic place for this tiny yellow train with the Suzuka Mountains under sky blue!

 

www.hokuseisen.com

 

ヴィアティン三重(バスケットボール男子チーム)

Ep.177

北勢地域をホームとする総合スポーツクラブ「ヴィアティン三重」(Ep.46130参照)。

今回はバスケットボール男子チームの試合観戦である。

 

彼らはジャパン・プロフェッショナル・バスケットリーグ(Bリーグ)の3部、「B3リーグ」に所属。

先日(8/25〜9/10)、沖縄やフィリピンなどで開催されたW杯では、アジア最上位となり24年パリ五輪出場権を獲得して多いに盛り上がった日本バスケ界。

この熱をつなげるべく、10月初旬からBリーグが開幕した。

 

ヴィアティン三重(バスケットボール男子チーム) (株)アップセット HPより

 

私にとってBリーグの観戦は3度目。

16年に三遠ネオフェニックス(vsサンロッカーズ渋谷浜松アリーナ)、19年にアルバルク東京(vsサンロッカーズ渋谷アリーナ立川立飛)の試合だった。

 

それぞれ当時は袋井市と日野市に住んでいたので地元のチームの観戦に訪れたということだった。日本代表だった太田敦也選手や田中大貴選手、馬場雄大選手、竹内譲次選手がいて活躍したことも覚えている。

 

今回、B3リーグの試合観戦は初である。

 

 

今回のB3リーグ開幕カード、ヴィアティン三重の相手は「立川ダイス」。東京・日野のとなりの街、立川をホームとする新興クラブである。アルバルク東京は既に立川を去りホームタウンを渋谷に移したようだ。もちろんサンロッカーズ渋谷のホームタウンも渋谷である)

 

チーム名の由来“ダイス”はサイコロのこと。

「運は実力のうち」という格言に100%異論はないが、“実力のある者が勝つ”スポーツの世界で“勝敗を運に委ねる”的なニュアンスに取られかねないこのチーム名は果たしてどうなのだろうか? と思いチームの公式HPを見てみると、

「賽は投げられた」と言う言葉がある様に我がチームは相手がどのような強豪であろうとも不退転の決意を持って試合に臨み勝利するという決意が込められています

 

とのこと。サイコロ(運任せ)→不退転の決意、につながる論理がよく分からないがやはりチーム名の由来はニュアンス通りだった。

 

スポーツはギャンブルではない。

「負けに不思議の負けなし」

負けるのは実力がないから。弱いからである。負けてもそれを運のせいだというのか?

 

もう一つ言わせてもらうと、このチーム名である限りいつまでたっても“弱者のメンタリティー”じゃないか。

 

こんなチーム名のクラブに負ける訳にはいかないぞヴィアティン。がんばれヴィアティン!

 

立川ダイス HPより

 

この日の試合会場は東員町総合体育館。サッカー男子チームがホームスタジアムとする「LA・PITA東員スタジアム」の隣である。

観戦にはスリッパ持参とのこと!

正面には舞台があり中学校の体育館のよう。

 

ゲーム開始!

アンドリュー・フィッツジェラルド選手 立川ダイス HPより

 

第1Q、ヴィアティンはPGの宮﨑恭行選手が得点を量産して33-19とリード。

しかし第2Qは立川ダイスの反撃を受けて13-28。

前半終了時46-47の接戦。

 

 

突き放したい後半の入りだったヴィアティンだが、第3Qは16-27、第4Qは31-26。

 

結局、ヴィアティン三重は93-100で敗北し、手痛い開幕カード連敗となってしまった。

 

エモンドレ・リックマン選手 立川ダイス HPより

 

しかし今シーズンは始まったばかり。

ヴィアティン三重、男子バスケチームの今後の勝利と、上位リーグ昇格を応援していきたい。

 

 

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ヴィアティン三重 Veertien Mie (Men’s Basketball club)

Ep.177

Japan professional basketball league “B League” 23-24 season has started in the early October.

Veertien Mie aims to be a champion of their category B3 and to go to higher category B2.

They are a total sports club, not only Men’s football team(ref. Ep.46), Men’s volleyball team(ref. Ep.130), but also Men’s Basketball team.

 

Their opening match was vs Tachikawa Dice from Tokyo.

Home arena is tiny one, like a junior-high school’s gym!  But number of 513 audience cheered their home team.

 

www.veertien.jp

www.veertien.jp

tachikawa-dice.tokyo

www.b3league.jp

 

真の『三重』とは

Ep.176

廃藩置県の発令から間もない1871年明治4年)11月、現在でいう三重県は2つの県に分かれていたということを知らない県民は多い。

 

安濃津(あのつ)県渡会(わたらい)県である。

 

そう聞くとピンとくる県民は多いかもしれない。

 

渡会は現在の三重県南部、度会町玉城町(たまきちょう)・大紀町(たいきちょう)・南伊勢町が「度会郡」であるように、今でもその名を残す。

 

安濃津についても、県庁所在地・に、その津市の北西側に芸(げいのう)町という地域がある。濃尾平野でもある。

 

上記から推測される通り、安濃津県は現在の津市を含む現在の三重県北部地域、渡会県は県南部地域であった。

 

 

安濃津県・渡会県はしかし短命だった。

わずか2年後の1873年明治6年)12月、両県は合併して新しい県が誕生した。現在の三重県である。

 

合併する上で事前に決めておくことは山ほどあるだろうがその一つは

「県庁をどこに置くか(県庁所在地をどこにするか)」

 

幸いにもこの新しい県はすんなり決まったようだ。

地理的に中央部に位置し、人口・歴史・文化・格、すべてにおいて申し分のない「津」の存在があったからだ。

 

では次に「県名」をどうするか?

ここで「津県」とはならなかったのは承知の通り。

 

安濃津県と渡会県が合併してできた新しい県、その県名は三重県となった。

 

では『三重 みえ』とは何であろうか?

 

三重とは、安濃津県の県庁が置かれた地だった。

 

コトバンクより

 

安濃津県スタート時の1871年11月の段階では、県庁は「安濃郡津」に置かれた。現在の津市である。

ところが4ヶ月後の1872年3月、県庁は「三重郡四日市」に移転されたのだ。交通の都合で便利だったからとされる。

 

「うつべ町かど博物館」より

杖衝坂 四日市市采女

 

三重」の由来はヤマトタケルノミコトに因むものだ。

 

吾が足三重の勾(まがり)なして、いたく疲れたり

 

Ep.163で記したように、四日市市西部の采女(うねめ)町には、その昔ヤマトタケルノミコトが東征から帰郷する際に通ったという杖衝坂(つえつきざか)がある。

 

ここで三重という地名の“由来”については置いておいて、三重の“発祥”については諸説ある。

三重の“発祥”とは「ヤマトタケルノミコトが訪れた場所」と同義である。

 

 

四日市の歴史を学べる「東海道四日市宿資料館」を訪れた。館長さんによると「三重」の発祥は諸説あるとした上で「現在の尾平や川島をはじめとする地域(旧三重郡)」をヤマトタケルノミコトが訪れたのではないかとのことだった。

 

東国遠征からの帰郷途上、まず桑名に辿り着き、そこから大和国(現在の奈良県)へ向かう当時のルートを考えると、上記の地域を通過したのではないかと。(なお三重県との県境に近い岐阜県海津市にも「杖つき坂」があり、こちらが「真の杖衝坂」なのかもしれない)

 

当地は現在も「三重」の地名を残す。三重団地や三重西小学校のあるエリアだ。

ここの住所は「三重県四日市市三重 みえけんよっかいちしみえ」である。

 

なお三重団地と杖衝坂は直線距離で10kmほど離れている。

 

東海道四日市宿資料館」より

古事記の抜粋

日本書紀の抜粋

 

安濃津県の県庁が「三重郡四日市」に置かれたと先に書いたが、ややこしいのはその場所である。

そこは現在の四日市市立中部西小学校である。しかしここの現在の住所は「四日市市北町」で、近鉄四日市駅の近くだ。

三重団地からは5km、杖衝坂からは8kmの所に位置する。

 

当時の三重郡であったことに間違いはないが「三重の発祥」とされるいずれの場所からも随分離れている。

釈然としないが“三重”を県庁所在地名とすることありきで、その“場所”は利便性を優先したのだろうか?

 

四日市市立中部西小学校

現在の四日市市内の地域名

 

話をまとめると1873年12月、安濃津県と渡会県は合併して「三重県」が誕生した。

県庁は津市に置くこととしたが、県名は「安濃津県の県庁が置かれた地・三重郡」の地名を拝借し「三重県」を採用した。

 

「なぜ『三重』にしたのか?」

サムライの時代に別れを告げ、近代国家に生まれ変わらんとする当時の情勢を念頭に、この地の人々が自ら行政を行う地名を、神話の英雄ヤマトタケルノミコトに因むものとしたかった、というところだろうか。

 

ヤマトタケルノミコトが訪れ何気なく名付けたであろう地名・三重は、後世の人々によって多くの意味付けがなされ、彼らの想いが託されていた。

 

 

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“Mie”, the story about its name

Ep.176

What etymology is Mie?

It was referred Yamatotakerunomikoto and has become prefecture’s name since 1873, early Meiji period.

We can imagine hope or wish by people at the time for new era.

 

www.bunka.pref.mie.lg.jp

 

三岐鉄道三岐線 トカゲが迎える終着駅 in 西藤原

Ep.175

四日市北部の富田(とみだ)からいなべ市の藤原までの26.5km(全15駅)を結ぶローカル線、三岐鉄道三岐線(さんぎてつどうさんぎせん)。

可愛らしい黄色とオレンジ色の車体が特徴だ。

 

 

設立の経緯は藤原岳Ep.67参照)で採れる石灰石と関わっている。

太平洋セメント(株)いなべ工場で石灰石を原料として製造されたセメントは、三岐鉄道により輸送されるのだ。それは現在でも続いている。

 

 

三岐鉄道三岐線の始発は近鉄富田駅から。近鉄名古屋線の隣のホームに待機していたため直接乗り込めてしまうが、本当は一度改札を出て再度三岐線のために入らなければならないらしい。

 

 

単線を進む。

富田を出て手延べそうめんの産地として有名な大矢知(おおやち)地区を抜けると、のどかな風景が広がり始まる。

 

 

近鉄富田駅から5駅目の保々(ほぼ)駅に到着。車窓から見る限り車両基地があるようだ。

 

ここで運転士さんが交代。

これまでの運転士さんも若かったが新しくやって来た運転士さんもまた若い。

2人が会話を交わす。笑顔が溢れる。

 

なんて爽やかなのだろう。

まるで高校野球のチームメイトのようだ。

こんなに若い人が、運転してくれているのだ。

 

 

終点の西藤原駅に到着。以前、藤原岳を登りに来たときも立ち寄ったが、電車に乗って来たのは初めてだ。

 

 

駅のホームでトカゲが出迎えてくれた。

改札口の駅員さんは居眠りされていた。

隣にはSLが展示された芝生の公園がある。

 

 

夏のある日の爽やかでのどかな半日旅だった。

 

 

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Sangi Railway Sangi Line

Ep.175

三岐鉄道三岐線 Sangi Railway Sangi Line is a local train connected Kintetsu Tomida station and Nishi Fujiwara station, only 26.5km,15 stations.

The terminal Nishi Fujiwara is a base site for hikers to Mt.Fujiwara and Mt.Oike (Ref.67, 85).

And what idyllic station is!  A tiny lizard welcomes us!

 

sangirail.co.jp

ssl.kanko-inabe.jp

 

三重県の地酒 日本酒以外編

Ep.174

「瀧自慢」や「作」を始め全国に名を知られる純米酒がある三重県Ep.39153参照)。

一方で日本酒以外のお酒もまた知られている。

 

上馬ビール(細川酒造、桑名市

 

名称の上馬(あげうま)とは、もちろん多度大社の「上げ馬神事」(Ep.29169参照)から。ドイツの原材料・製法に基に、養老山地の水を利用しているとのこと。

色は黒く、苦味も美味しい。

 

 

伊勢角屋麦酒(二軒茶屋餅角屋本店伊勢市

 

全国の地ビールブームの先駆けといってもいいかもしれない「伊勢角屋麦酒」。味噌や醤油の醸造場が1997年にクラフトビールに挑戦。以来、日本と世界で名声を得ることになった。

本店は伊勢神宮内宮とおかげ横丁の裏にある。日本最強のネームブランド“伊勢”Ep.78参照)を冠し、人気は不動のものに。

ペールエールはたまに飲みたくなるので買っている。

 

 

クラフトジン 伊勢神(伊勢萬、伊勢市

 

クラフトジンの伊勢神(いせじん)。なんて素晴らしいネーミングなのだろう。見た目は化粧水の様相でビンも捨てるのがもったいない。

 

蒸留酒のジンはジュニパーベリーをはじめいくつかのボタニカル(植物由来成分)で香り付けがなされたもの。伊勢神では、あおさ・伊勢茶(ほうじ茶)・三つ葉・柚子・梅・生姜の6種類が使用されているとのこと。

飲んでみると、柚子の香りが強い。他の成分も頑張って知覚しようと努力したが“絶対味覚”を有していない私には分からず。

あおさを始め伊勢志摩の特産を使用するというアイデアがすばらしい。柚子が強く出過ぎてしまうが。

“クラフトジン”によって各地の特産を知り、味わうのも面白いと思う。

 

 

タカラクラフト「奥伊勢ゆず」(宝酒造京都市

 

料理用清酒、みりん、チューハイなどで有名な大手、宝酒造(株)が放つ「クラフトチューハイ」シリーズ。「全国の素材の特長や個性を活かした」チューハイを造るのがコンセプトとのこと。

 

写真の「奥伊勢ゆず」は県南部の大台町(おおだいちょう)の特産である柚子を使用。先ほどの伊勢神とコンセプトは同じかもしれないが酒造大手が手がけている“企画モノ”である。(裏ラベルの原材料を見ると酸味料と香料もあり。これでは「奥伊勢ゆず」がどれだけ効いているのか分からない)

元々酒造会社は家族経営からスタートするもの。そんな彼らが、地場の恵みや特産をウリにして酒を創り出すところに尊さがある。

 

なお大台町は自他共に認める「奥伊勢」の呼称で、自然豊かな町。キャンプ地としても人気のようである。

また宝酒造四日市の楠(くす。Ep.167参照)にも工場があり、近鉄名古屋線沿線なので電車から工場内がよく見える。ここで「奥伊勢ゆず」を製造している訳ではないだろうが..

 

 

キンミヤ焼酎(宮﨑本店、四日市市

 

日本酒「宮の雪」も手がける(株)宮﨑本店の「キンミヤ焼酎」。レトロなラベルは「昔ながらの」焼酎を感じさせ、四日市市内のスーパーではよく見かける。

なお同社の所在地も楠であり、前述の宝酒造楠工場の目と鼻の先にある。

 

経理課所属の元社員が2017年から5年間に渡り計7,600万円を横領していたとい失態を演じた同社であるが、1846年創業の老舗の地元での支持は高い。

 

 

以上のように「日本酒以外の地酒」に着目して試してみるのも面白いかもしれない。

 

 

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“Regional Alcohol of Mie” except Sake

Ep.174

Mie has many kinds of drinking alcohol except sake.

It must be fun to try these.

 

www.ji-beer.co.jp

www.biyagura.jp

www.iseman.co.jp

www.takarashuzo.co.jp

www.miyanoyuki.co.jp

nordot.app

 

メリーゴーランド “君の笑顔が世界にひろがる”

Ep.173

子どもの本の専門店「メリーゴーランド

少し古びたビルに入る可愛らしい店構えと夕方暗くなってから辺りを照らす優しい暖色系のランプは、松本街道のランドマークとなっている。

 

 

店内には絵本や児童書に溢れている。

玩具や雑貨もある。カフェやバーも併設されている。

 

店主の増田喜昭さんは絵本業界では有名な方だ。

1976年にメリーゴーランドを開店した後、子どもの本の普及活動をされている。

 

You Yokkaichi より

 

お店のスタッフの方もプロフェッショナル。蔵書を聞いても、お薦めを尋ねても応えてくれる。

 

メリーゴーランド HPより

 

店舗から徒歩5分の場所では毎週土曜日に「こどものまち図書館」を開催している。

 

 

この場所の前を初めて通ったとき、壁に描かれたアートを不思議に思ったものだった。

古本市を訪れたときに初めて知ったが、この家は築100年以上の増田さんの生家だったのだ。

 

 

先の5月には古書市が開催されていた。

訪れると絵本を中心に少し昔の本がたくさん販売されていた。数冊を購入。

五味太郎さんの『みんながおしえてくれました』(1983年)についてはご本人の直筆サインがされていた。増田さんと五味さんは友人だそうだ。

そんな訳で五味太郎さんのサイン入り絵本を100円で入手できてしまった。

 

 

古書を探しているとき、長倉洋海さんの写真集を見つけた。

私は以前、長倉さんの著書を読んでその内容に感銘を受けていたので

「なぜ長倉さんの本がここに??」

と驚いた。が、後に調べてみると児童向けの写真集や著書も多く出している方だった。

 

長倉さん テレビ静岡HPより

 

長倉洋海(1952年生)さんはフォトジャーナリストで40年近く世界の紛争地や途上国を中心に取材し、作品を発表している。

中でもアフガニスタンとの縁は深く、故マスード司令官(2001年没)と行動を共にしたり市民の姿を紹介したり、山岳地帯に暮らす子どもたちが通う「山の学校」の支援など、長く活動されている。

 

ヒンズークシ山脈やパンシール渓谷

アフガニスタンの景観の美しさは常軌を逸している。

私はそれを長倉さんの写真を通して知った。

 

ドキュメンタリー映画『鉛筆と銃』HPより

 

古書市で入手したのは『きみが微笑む時』(2004年)。

長倉さんが訪れた旅先、途上国や少数民族の子どもたちを中心に、彼らの笑顔が溢れている。本当に素晴らしい写真集。これを入手して以降、私は何度も繰り返し見ている。

 

『きみが微笑む時』amazonより

 

そんなこんなをネットで調べていると、今年の9月に「メリーゴーランドLECTURE」で長倉さんの講演があることを知った。

メリーゴーランドLECTUREとは、年に数回メリーゴーランドが開催している講演会で、これまでに前述の五味太郎氏や谷川俊太郎氏(詩人)、江國香織氏(小説家)、石川直樹氏(登山家&写真家、Ep.83参照)、などがゲストで呼ばれている。みな増田さんの友人や知人なのだろう。

 

そんな訳で長倉さんの講演に応募し、参加してみた。

 

 

著書を読んでだいたいの人柄は分かっていたつもりだが、実際の長倉さんも柔和で物腰が柔らかかった。

新刊の『元気?世界の子どもたちへ』(2023年)での写真の紹介を中心に、これまでに訪れた130を超える国々とそこで出会った人々の話をされた。

 

自身の旅で見たこと、考えたこと、感じたこと。

世界を見つめる視線の強さと、その土地で暮らす人々、何よりも子どもたちへの愛に溢れた方だった。

 

 

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“Merry-Go-Round”, children’s bookstore of Yokkaichi

Ep.173

“Merry-Go-Round” is the children’s bookstore in Yokkaichi.

Since 1976, they have treated picture books and children’s toys and also organized private library and author’s visit.

 

www.merry-go-round.co.jp

usagism2000.theshop.jp

www.h-nagakura.net

enpitsutojyuu.com

 

 

 

伊勢鉄道 知られざるローカルフード“カレー焼” in 津

Ep.172

四日市市南部の河原田(かわらだ)駅と津駅を結ぶ「伊勢鉄道」。

全10駅、22.3kmのローカル線である。

 

勘違いしてる人は多いと思うがここはJR所有の線路ではない。

JR(関西本線)は河原田駅を出ると南西方向の亀山駅に向かい、また亀山から南東の津駅に線路は向かう(紀伊本線)。

さながらひらがなの「く」の字のようだ。

 

伊勢鉄道とJR(兼用)の河原田駅写真

 

たしかに、全日本大学駅伝の沿道観戦の際に利用した「快速みえ」(Ep.127参照)は四日市から亀山に向かわず直接的に津に至るが、これは実は伊勢鉄道の線路に乗り入れているということなのだ。

 

 

伊勢鉄道に乗ってみよう。

それには河原田駅から乗車しなければならない。

 

原田駅のJRのホーム

 

ちなみに河原田とは、四日市の知られざるローカルブランド「河原田みかん」の河原田である。

そして駅の目の前にあるのは今村雄太選手の母校・四日市農芸高校(Ep.30参照)である。

 

よっかイチ推し! Vo.21より

四日市農芸高校 HPより

 

原田駅はJR(関西本線)と伊勢鉄道のホームが並行に並んでいる。ただし高低差がある。より高い方にあるのが伊勢鉄道だ。これはおもしろい!

 

JRのホームから伊勢鉄道のホームへ

原田駅伊勢鉄道のホーム

伊勢鉄道は実は河原田駅始発の便は少ない。多くは四日市発である。つまりは伊勢鉄道にとって、四日市―河原田駅間はJRの線路を借り入れている(乗り入れている)のだ。

 

電車が来た!

 

乗り込む。ワンマン列車である。

 

 

まっすぐ! 気持ちの良いほど一直線に進む。踏切もあまりない。

 

 

30分で津駅へ。津の近くまで来るとJRも近鉄も徐々に合流し、最終的に津駅のホームでは皆並列で停まるのがいい。

さすが県庁所在地・津。

 

ただし伊勢鉄道が停車しているのはホームの端っこである。

こういう形式は地方ではたまにある。

 

伊勢鉄道のホームは1番線の端っこ

JR東海 HPより

JR紀伊本線がいた

 

鉄道に乗って津駅で下車したのは15年ぶり。青春18切符の旅以来である(Ep.0参照)。

なんて懐かしいんだろう、と感傷に浸って…いる訳はなく、改札を出る。

 

さっそく今回のもう一つの目的を果たすべく、その場所に向かう。

カレー焼」のお店、「さかえや」である。

 

津駅の改札

 

カレー焼とは、私にとっても未知の食べ物だった。情報がなさすぎるのだ。そして知名度も極端に低い。

津のご当地グルメ「津ぎょうざ」(Ep.123参照)の知名度が100だったらカレー焼は1程度じゃないか?

今回私はこの知られざるローカルフード・カレー焼を食べに来たのだった。

 

 

電話で予約をしてから伺う。さかえやは駅から徒歩5分程度の場所にあった。

 

ついに入手!

カレー焼

 

大判焼き」という表現が適切かは分からない。形状が大判(正確には円柱?)ではないからだ。スティック状である。

そしてこのスティックの中身がカレーなのが「カレー焼」ということなのだった(中身があんこやクリームのものも販売されている)。

 

 

食べて驚いたのは、とても美味しかったことだった。

キャベツがたっぷりでカレーの味もいい! アツアツだ。

 

正直に言おう。あまり期待していなかったと。

それがどうだこの美味しさは!?

 

「なぜ、津以外に“カレー焼”という食べ物が存在しないのか?」

「なぜ、津以外の人間は大判焼きの中にカレーを入れるという着想に至らなかったのか?」

 

と疑問に感じるほどの美味さだった。

 

 

後日、会社の津出身の後輩にカレー焼について聞いてみると、まず

「なんでカレー焼知ってるんすか!?」

と非常に驚かれた。

彼がよく行っていたのは一身田(いっしんでん)の店舗とのことだった。子どもの時から好きで、中学時代は学校の帰り道によく立ち寄って食べたと言っていた。

 

津のご当地グルメ「カレー焼」は、たしかにこの地に根付いたものなのだった。

 

 

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Ise Railway  “The unfamiliar local food, Curry-yaki in Tsu”

Ep.172

Ise Railway is a local train connected Kawarada station(Yokkaichi city) and Tsu station, only 22.3km,10 stations.

It must be the easiest method to go to Tsu, because of the shortest distance and time from Yokkaichi.

 

One of the purpose this day was trying “カレー焼 Curry-yaki”, which was the unfamiliar local food of Tsu city.

Walking 5min. to Sakaeya from station, we can get this one.

 

This must be a kind of Obanyaki, but stick shaped and contents are curry, being filled with lots of cabbage!

And the biggest surprise for me was this delicious taste!

Why is not it famous for this food?

 

www.isetetu.co.jp

tabelog.com

https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1638317672699/simple/koho_12_jyojun_2-5.pdf

 

歌行灯(うたあんどん)

Ep.171

桑名に本店を持つローカルファミリーレストラン歌行灯(うたあんどん)」。

うどんを中心としたメニューを揃え、和風造りの内装は品があり法事もできそうだ。

 

泉鏡花の小説『歌行灯』に登場する桑名のうどん屋に由来するとのこと。

創業は明治10年(1877年)。今年は実に創業145周年だ。

 

歌行灯 四日市ときわ店

 

三重県内に7店舗を構える。(23年9月現在)

通常店舗ではファミレスの域を出ていない歌行灯はしかし、桑名の本店では様相を異にする。

格式の高い料理屋の趣きである。

 

歌行灯 本店

 

歌行灯の本店の隣は「柿安 料亭本店」。近くには九華公園や六華苑もある(Ep.31参照)。桑名市の最も風情のあるエリアである。

 

 

彼らが取り組むユニークな試みの一つは、未利用魚“オオニベ”の利用だ。

「未利用魚」とは、海の環境の変化により近年三重の定置網漁でかかることが増えてきた、食用として“なじみのない魚”のこと。

スーパーや飲食店でも扱われないため、釣れても捨てられてしまうことがあるという。

 

未利用魚のオオニベ中日新聞 23年6月14日より)

 

そのような未利用魚のメニューがあると聞いて興味を持った。

オオニベが使われている天丼を注文してみると、ふっくらした白身魚が出てきて普通に美味しい。(もちろん、天ぷらという料理技法あってのこと)

 

 

“フードロス”という概念自体は新しいものでも何でもない。

しかし昨今のSDGsに伴い、

社会の啓蒙→人々の意識の高まり→お店&お客双方の具体的なアクション

まで来たということだろうか?

 

もとより人間の食材に対する価値の付け方については不思議に思うことがままある。

形が不細工な野菜が売り物にならなかったり、より色の白いシラスの方が高価だったり。(“反ルッキズム”の考えは近いうちに食材にも適用されることだろう)

 

(株)歌行灯の横井健祐社長(中日新聞 23年6月14日より)

 

大学生になって上京して、初めてしたアルバイトがデパ地下の惣菜屋だった。

そこでは、例えば200円で販売していたコロッケが、極力売り切るために閉店30分前の19:30には半額の100円になり、閉店の20:00には0円になる(売り物でなくなる)、という毎日だった。

売り物でなくなったコロッケはもはやゴミであり、廃棄の対象である。

 

つまり31分前には200円、1分前には100円だったものが、20時00分になった途端に“無価値”となるのだった。(20時を超えての販売は禁止というフロアの厳格なルールがあった)

 

いつも大量の廃棄作業をしながら「もったいないな」とは当然思ったが、それ以上に、とても奇妙に感じたものだった。

 

何しろ例えばコロッケ30個を廃棄することとは、わずか31分前には6,000円の価値に相当したものを捨てているということなのだから。

コロッケ30個が入ったゴミ袋を見て、私は5000円札と1000円札が1枚ずつ入った袋を想像していた。

 

未利用魚の問題も、調理技術と工夫次第で美味しくいただける限り、価値がないなんてことはあり得ず、単に慣習や意識の問題にすぎない。

けれど現行からの延長線上に解決策はないため、だからこそ一歩を踏み出した歌行灯はすばらしい。

 

 

地元を大切に思う老舗の取り組みが、この地域の未来をより良いものにしていく。

 

 

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“Utaandon”, the local Family Restaurant from Kuwana

Ep.171

The local family restaurant, “歌行灯 Utaandon” is from Kuwana city and serves Japanese food like udon and tendon.

Since 2022, they have done the activity, the service with “Non-commercialized fish”.

There are fish that fishermen sometimes catch accidentally, but they are Not able to sell as commercial.

Utaandon made such fish menus, tempura.  They took an action for sustainable future of this region.

 

utaandon.jp

www.chunichi.co.jp

 

パラミタミュージアム

Ep.170

地方に住んでいると芸術や美術にアクセスできる機会が少ないかと言われるとそうではないと思う。

公設・私設問わず美術館は全国に張り巡らされている。

 

国立西洋美術館奈良国立博物館のような大物はないかもしれないけれど、むしろその地域に根ざした常設展示を持ち、小回りを効かして魅力的な企画展を催している地方の美術館を巡るのも面白いだろう。

 

 

菰野町にもひそやかに佇む地域の美術館がある。「パラミタミュージアム」である。

2003年に開館したこの私設美術館は、岡田文化財団が運営している。

 

この地で「岡田」と言ったら説明不要であるが、小売業国内最大手イオン(AEON)の創業家の岡田一族のことである(Ep.8参照)。

現在の岡田文化財団の理事長は岡田卓也氏で、現イオン社長の岡田元也氏のお父さんだ。

 

岡田卓也氏 岡田文化財団 HPより

 

財団の目的は「三重県の芸術文化振興に寄与すること」とのこと。

芸術を鑑賞する機会の提供や、県内の伝統産業を担う人材の育成もビジョンに掲げる。

 

最近(23年2月)では三重県内に桜の苗木を5,000本以上寄贈し、桜の名所を創る試み「さくらプロジェクト」も始めた。

 

ビジネスで財を成し、それを持って故郷に恩返しする。

なんて素晴らしいのだろう。

 

 

パラミタ Paramita」は当該美術館の常設展示である池田満寿夫氏の「般若心経シリーズ」より、梵語の「パーラミター 波羅蜜多」にちなむらしい。

迷いの世界である現実世界から悟りの境地である涅槃の世界に至ること、とのことだ。

 

 

23年2月には「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」展が開催されていた。

川瀬巴水(かわせはすい)は1883年生まれの版画家・浮世絵師で、日本全国を旅して各地の風景を抒情的に描いた。

私は恥ずかしながら知らなかったが、海外では葛飾斎、歌川重とともに「3Hスリーエイチ)」と称されているらしい。日本よりも海外での方が人気があるという。

 

川瀬巴水 Wikipediaより

 

当該企画展では日本各地の、朝鮮半島の情景までも鑑賞できた。

 

 

 

富士山や城や桜をバックにした「いかにも日本」という構図のものがある一方で、雪の平泉や夏の金沢、木曽の夜雨や京都の夕暮れなど、うら寂しい風景も描かれている。

 

 

版画特有の質感や色合いがいい。

ところで版画や浮世絵というけれど、絵を描く人(浮世絵師)と版を彫る人(彫師)、摺る人(摺師)は別であり、分業されているということも初めて知った(今まで考えたこともなかった)。

巴水や北斎、広重のように後世に名を残す人は浮世絵師であるが、彫師と摺師の高度な技術があってこそ優れた作品になるのである。

 

Wikipediaより

 

ところで故スティーブ・ジョブス川瀬巴水作品のコレクターであったことが最近明らかになった。

Apple創業者が銀座の画廊に作品を買い求めに訪れたのは1983年のこと。以降、2003年まで、来日した際は必ず足を運び、トータルで43点購入したという。

ジョブズ氏が選んだ作品は「外国人が好む異国情緒あふれる風景ではなく、むしろ地味で寂しい風景を好み、色彩も暗めでモノトーンのグラデーションのものが多」かったとのことだ。(公式図録より)

 

 

パラミタミュージアム川瀬巴水の存在を知り素晴らしい作品群に出会えることができた。

このような機会を提供してくれる美術館のおかげであった。

 

 

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The Paramita Museum

Ep.170

The Paramita Museum is located in Komono city.

This private tiny museum has been established by Okada foundation since 2003.

Citizens have a chance to touch with art in their hometown.

 

paramitamuseum.com

www.okadabunka.or.jp

www.you-yokkaichi.com

www.kanko-komono.com

 

養老鉄道 多度の弾き猿 in 多度

Ep.169

伊勢街道の玄関口・桑名から岐阜県大垣市に至る「養老鉄道」。

 

三重と岐阜は隣接県だが山に阻まれて両者を結ぶパスは限られている。

養老鉄道は数少ないその一つだ。

左手に養老山地を、右手に揖斐川Ep.79参照)を見ながら北上する。

 

 

名駅から4駅目の多度駅までが三重県だ。

更に進んで養老駅の近くには滝がある。「養老の滝」である。

 

そう聞くと千葉県の「養老渓谷」にある滝(粟又の滝)を思い浮かぶのは私が関東出身だからだろうか?

 

養老の滝 岐阜の旅ガイドより

 

あるいは居酒屋チェーンの「養老乃瀧」を思い浮かぶ人もいるかもしれない。

調べたところ同社の名前の由来はこの岐阜県の養老の滝であるとのことだった。

 

養老乃瀧 駒込駅前店 さつき通り商店街 HPより

 

養老鉄道は大垣から先も線路は伸びており、更に北上して岐阜の揖斐駅に至る。ここから北は険しい山だ(岐阜県は南部以外すべて山だ)。

 

そんなわけで、近くの大都市・名古屋を横目に地方の街、桑名と大垣を結ぶ。何というか、”純度の高い”ローカル線である。

 

 

この日は真夏。

天井に設置された扇風機がいい。圧倒的に涼しい。下手にクーラーにするよりもこちらの方が安上がりだし効率も良いのではないか?

一昔前は首都圏の鉄道でも扇風機方式だったのに一掃されたのは見栄えの悪さゆえか? あるいは乗客が指や傘の先端を差し込むリスクを恐れてだろうか?

 

いずれにせよ扇風機は実にシンプルなシステムである。

 

 

 

多度駅に到着。ここから多度大社(Ep.29参照)に向けて歩く。

『お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば 片参り』

の多度大社である。

 

多度山

 

多度大社に向かう途中、多度山も近づいてくる。トレイルランニングにも最適らしく、私の会社の同僚はここでトレーニングをしているとのことだ。毎年4月には大会もある。

 

多度大社に到着

 

上げ馬神事」が行われる崖に立つ。

武者姿の若者と馬が2.5mの崖を一気に駆け上がり、その年の豊凶を占うというもので、700年の歴史を誇るという。

三重県無形民俗文化財であるとともに、東海地方を代表する神事である。

 

NHK まるっと!みえ HP より

 

2023年5月。コロナがあけて4年ぶりの上げ馬神事はしかし開催から数日経って嵐のような批判を受けた。

一頭の馬が骨折し殺処分がとられたという事実が判明し、動物虐待の声があがったのだ。

程なくして「15年間で4頭の殺処分」がなされていたことも判明した。

神事のために馬を酷使して使えなくなったら殺処分するということで論外である。

 

それにしてもすごい聴衆の数.. NHK まるっと!みえ HPより

 

そもそも現在まで生き残っている“伝統行事”とは、時代に合わせてカタチを変化してきたことそれ自体を意味する。

700年の歴史を誇ると言ったって、この行事の第1回目の姿は現在行われているものとはまるで異なるものだったことだろう。

 

今回の騒動後、三重県は指導を行い、多度大社側は改善策として「高さ約2mの土壁を1m程度に改める」「馬が駆け上がる坂の傾斜を緩める」などの対応を行うようである。(2023年8月30日、伊勢新聞より)

 

だから来年2024年からは違った形で上げ馬神事が見られるはずだ。

 

 

参拝帰りに神社前のお土産屋「宮川屋」で「多度の弾き猿」を買った。

三重県指定伝統工芸品」の一つである。

 

多度の弾き猿

三重県指定伝統工芸品 HPより

 

江戸時代中期から販売されていたとされ「厄をはじき去る」縁起の良い玩具とされているようだ。

私は実際に使うまで仕組みがよく分からなかったが、中央部のU字型の竹をしならせ、その上にある赤い玉(猿)を勢いよく弾いて遊ぶというもののようだ。

最上部にあるのは上げ馬神事の流鏑馬の「的」を表している。

 

 

養老鉄道に乗って行く有意義な旅あった。

 

 

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Yoro Railway

Ep.169

養老鉄道 Yoro Railway is one of the local train connected Mie and Shiga prefecture.

多度 Tado station is the fourth one from Mie side(Kuwana station) where people visit when they go to 多度大社 Tado Taisha shrine.

 

上げ馬神事 Ageuma-shinji is their very famous event(Shinto ritual) and the cultural heritage of Mie.

This year, 2023, it held first time after corona crisis, but they were condemned it “animal abuse”.

Therefore, it would be the new one next year’s this event.

 

www.yororailway.co.jp

tadotaisya.or.jp

tadotaisya.or.jp

www.nhk.jp

nordot.app

www.pref.mie.lg.jp

 

513ベーカリー

Ep.168

竹原市に住んでいた幼稚園児のときだったと思う。

母と二人、竹原駅前の横断歩道を渡るため歩道で信号が青になるのを待っていた。

 

すると私たちの隣の車道にスクーターがやって来て、赤信号で停まった。ヘルメットをつけていない若いお兄さんだった。

改造スクーターなのだろう。停車中、けたたましいエンジン音を鳴らせていた。

 

すると次の瞬間、

こらぁぁぁーーーーーー!

と警棒を持った警官が突然、背後からスクーターを捕まえようと走り出してきた。

 

これに慌てたにいちゃんは、まだ赤信号なのにスクーターを急発進させ、圧倒的なスタートダッシュを決めて逃げきったのだった。

そして警官は追いかけるのを諦めた。

 

 

一部始終を目撃していた幼い私は、とても怖いと思った。

改造スクーターのエンジン爆音がまず怖いし、飛び出て来た警官の剣幕も、信号無視で逃げたにいちゃんの行為も怖かった。

 

今振り返ると、そのにいちゃんはずいぶん間抜けだったな、とも思う。

ノーヘルで爆音を響かせ、なおかつ自身は交番のわきで信号待ちしていたことに気付いていなかったのだから、交番勤務の巡査としては「舐められた」もんだと思って飛び出て来たに違いない。

 

竹原駅前(2009年1月) 交番は左側にあった wikipediaより

 

そんな出来事があった竹原駅前の交番だが、その向かい側にあったのが「リトルマーメイド」である。

話の持っていき方が不自然であることは認めるが、とにかく向かいにあったのは「アンデルセングループ」がフランチャイズ展開しているパン屋だった。

 

リトルマーメイド HPより

 

広島市に本社を持つこのパン屋が広島県内に多くの店舗を持つことは事実だが、もはや全国展開されているため、他地域でもたまに見かける。

だからリトルマーメイドを見つける度に私は、この幼少期の一連の出来事をいまだに思い出すのだった。

 

ハンス・クリスチャン・アンデルセン wikipediaより

 

リトルマーメイドに関してもう一つ。

“辺境ライター”高野秀行さんの著書『移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活』(2015年)は、日本在住の外国人たちが日頃何を食べているのかに迫ったルポだが、ここに興味深い記述がある。

 

それは3.11の震災と福島第一原発の爆発事故後、都内在住の各国の人たちはどういう行動をとったかという章にて、

デンマーク大使館員は本当に原発が危なくなった場合に備えて、広島に逃げる準備をして」いたとのこと。なぜ広島に行くのかと訊いたら

「デニッシュベーカリーのアンデルセンが理由」だとのことだったらしい。

 

極東の島国で未曾有の天災と人災に見舞われ、避難先として頼った場所は、世界的な童話作家であり母国の偉人である男の名前を冠したパン屋の本社がある地だったのだ。

 

「まさか被曝を避けるためにヒロシマに行く日が来るとは思わなかっただろう」

と同著書では締められている。

 

リトルマーメイド HPより

 

幼少期からの記憶に登場するもう一つのパン屋は「ポンパドウル」だ。

私は祖父母の家が横須賀なので、追浜駅直通の商業施設「ヨコサン」の中に入っているポンパドウルには物心つく前から行っていた。

ポンパドウルは横浜発祥のパン屋である。

 

ポンパドウル 追浜店

 

紅に黒抜きでPOMPADOURと書かれ、その黒文字の柄も昔から好きだ。

印象的な紅は『ポンパドウル・レッド』と言うらしい。

 

たしか「ミニボール」という商品名だったと思うが、私はこれが好きだった。

一般的なあんぱんより2回りほど小さなサイズで、表面が滑らかだったから少し揚げていたのかもしれない。中の餡も、かりっとした少し硬めの食感も、サイズ感も良かった。

少なくとも20年前にはあったのだが、今はもう販売されていないようだ。

 

 

さて、三重県にも同県発祥のパン屋がある。

513ベーカリー」である。

513は「コイサン」と読む。

ただしリトルマーメイドやポンパドウルのように全国展開は果たしておらず、ローカルの域は出ていない。

 

513ベーカリー HPより

 

513ベーカリーは株式会社コイサンズが運営するパン屋で、三重県内に10店舗存在する。(県外では愛知に1店舗のみ。23年8月現在)

コイサンズはまたコメダ珈琲店も運営している。

 

パンの駅 513BAKERY四日市菰野

 

私の住まいの近くにも513ベーカリーはあるがよく行くわけではない。

ただパンは美味しいしお店も好きだ。

 

このパン屋のユニークな取り組みの一つは、地元三重を推し出した企画を催しているところだ。

県南部・志摩地方の特産の食材を利用した「しまパン」が定期的に販売されており、これは観光誘致を図る志摩市との協定に基づくものらしい。23年9月時点で第7弾が販売中だ。

 

ゴマサバフライコッペ、志摩あおさ豚ポークウインナーフランス、南張メロンサンド 2022年6月9日の中日新聞記事より

 

三重県のローカルパン屋「513ベーカリー」。

今後彼らがリトルマーメイドやポンパドウルのように全国展開を目指すのか、あるいは「おにぎりの桃太郎」(Ep.17参照)や「家族的美食屋あじへい」(Ep.111参照)のように三重県限定でがんばるのか。

どうも後者のような気がするので、三重に観光で訪れる人にとってはぜひおすすめしたいお店の一つだ。

 

 

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513 BAKERY(KOISAN BAKERY)

Ep.168

“513 Bakery” is the local bakery restaurant of Mie and has 10 stores in this prefecture.

One of their uniqueness is the collaboration with Shima city.

They create their original breads “Shima-pan” inspired by this region’s specialty.

It’s so curious ones!

 

www.513bakery.jp

www.littlemermaid.jp

www.pompadour.co.jp

www.chunichi.co.jp

 

 

長太の大楠(なごのおおくす)

Ep.167

広島から茨城のつくば市に移り住んだのは小学4年生の夏だから1995年のことだった。

祖父母が暮らしていたのでそれまでもお盆や正月休みの度につくばに来てはいたが、一時的な滞在ではなく生活するとなると別の話だった。

 

まず興味を抱いたのは「テレビ東京」の存在だった。

関東の人にはおなじみの12チャンネルだが広島にはない。

当時このテレビ局は夕方になると毎日アニメを放送していて(『新世紀エヴァンゲリオン』もこのときなのだが私は観た記憶がない)任天堂のテレビゲームで子供たちが対決する『スーパーマリオスタジアム』やジャニーズJr.が出る番組『愛LOVEジュニア』もあった。

他局がニュースを報じている時間帯だったので、テレ東を観ていた小学生はけっこういたと思う。

 

テレビ東京 HPより

 

ところで夕方のこの時間帯というのは、よく夕立に見舞われた。雷を伴う激しいものだ。

広島と茨城の大きな違いとして次に私が気付いたことがこれだった。

 

それまで快晴だったのにどんどん空は暗くなり遠くで雷が鳴る。そして激しい雨が降ってくる。

ただし雷雨は短時間で止み、再び陽が照ってくることもある。

 

私は幼心に「関東は夕立が多いんだ」と理解し始めていた。

 

空が暗くなると、祖母は「らいさまが来っから中に入れー」と言っていた。

らいさま」とは「雷様」のことだ。

「らいさま」とは、恐怖の存在だった。

 

青木豊さんのブログより

 

ここまでの記述を読んでもピンときていない読者は多いかもしれない。

雷が来ても建物の中にいれば安心じゃないかと。

たしかに、地震津波や土砂災害ならば家の中にいても安全は保障されないのに対し、雷ならばまず命は保障されそうだ。

 

しかしあなたがもしそう思ったなら、あなたは雷の恐ろしさを理解していない。

 

ピカっと光ったのちしばらく経ってからゴロゴロと呑気な低音を響かせているうちはいい。

本当に恐怖なのはごく近くに来たときだ。

 

光と音が同時に来るときが危険である。

『青いイナズマ』(SMAP,1996年)ではなく「青いフラッシュ(閃光)」という表現がふさわしい。あたり一面が青白く明るくなるのと同時に「パキーーーーン」とか「パリーーーーン」という耳をつんざくような超特大音量の高音が響く。近いと高音なのだ。マンガで人物がびっくりしたとき飛び上がる描写があるがあれはまさに言い得て妙だ。それが繰り返し起こる。何度も落ちる。神々が怒っているのか、或いは「まるで今日、世界は終わる」のか、というように。

建物の中でも窓や柱の近くにいると危険だというのも本能的に理解できる。家の中心こそが最も安全なのだと知覚できる。

まさに95年だったと思うが、同じ集落の大木に落雷があった。大音量があったのも憶えている。あれはそのときのものだったかもしれない。

 

青木豊さんのブログより

 

時は流れ2016年、私は民放の人気のバラエティ番組『クレイジージャーニー』を観ていた。

そのときの回は青木豊さんという「ストームチェイサー」の方が出演していた。

 

ストームチェイサー Storm Chaser」とはアメリカでトルネードを車に乗って追いかけ、写真や動画を撮ってメディアに販売する人たちのことだ。

青木さんは雷を始めとする気象現象を追いかける、日本で唯一のプロのストームチェイサーと紹介されていた。

 

青木豊さん HPより

 

そんな青木さんの活動拠点(居住地)は茨城県筑西(ちくせい)市だった。

なぜ筑西か? 青木さんによると

北関東の平野部は日本で有数の雷多発地帯

であるからとのことだった。

 

これは私も知らなかったのでとても驚いた。

 

青木さんの活動地域・雷多発地帯 HPより

 

幼い頃の「関東は夕立が多い」という理解はやや飛躍があったことにその後気付いていた。大学進学で上京した東京では、夏に夕立と雷雨こそあれ、頻度の高いものではなかったからだ。

 

青木さんの活動を知って、つくばを始め、茨城県西部(下妻・桜川・筑西・結城・古河)や栃木県南部というのは、雷が特に活発なエリアだと知ったのだった。

そしてこれらの地帯は共通して「らいさま」という方言を使うそうだ。(ちなみに私が「らいさま」の呼称が全国区でないことを知ったのは割と最近だ)

 

ダウンバースト” 青木豊さんのブログより

 

同番組中、青木さんの雷雨のチェイス(追跡)を見ると、あたり一面の田んぼ道をクルマに乗って走る。走る。

茨城県西部の見慣れた景色が全国区の人気番組の画面に登場し、私はニヤリとしていた。

 

そうなのだ。茨城県西部とは、呆れるほど見渡す限りの大田園地帯。地形はフラット(平野)だし山もない、高層ビルやタワーマンションがあるような土地じゃないから、地平線まで田んぼである。

追跡しやすく、視認性に優れ、結果的に良い写真も撮れる。筑西市ベースの活動はこの点でもメリットがありそうだ。

 

“ガストフロント” 青木豊さんのブログより

 

さて、三重県にも雷で苦しんだモノがある。

長太の大楠(なごのおおくす)」である。

 

鈴鹿市の南長太町(みなみなごちょう)にある、樹高26m、幹の直径2.6m、樹齢1,000年と伝わるバケモノのようなクスノキである。県指定の天然記念物だ。

 

長太の大楠

 

このエリアも、あたり一面、呆れるほどの田んぼである。

近鉄名古屋線に乗って四日市から南下する際、陸側(西側)を見ると田んぼの中に1本、林立しているオオクスを確認できる。

あまりに象徴的な姿で、また幻想的とも言えるものだ。

 

近鉄名古屋線の車窓から見える長太の大楠

 

そんな長太の大楠が不幸に見舞われたのは2020年9月のことだった。

雷が落ちてしまったのである。

 

落雷後、相次ぎ枯れ枝が見られ始めたオオクス。落雷前は「根元から空が見えないほど葉が茂っていた」(23年4月16日、朝日新聞)とのことなのに。

落雷の電流が根元まで届き、深刻なダメージを食らったことが伺える。

 

 

市民団体はクスノキの保護を市に嘆願。

鈴鹿市は、根元の周囲に堆肥や化学肥料を入れる土地改良の試みを実施。地道な「治療」を続けているとのことだ。

 

 

樹齢1,000年ともなると、神聖で、人々にとって深く愛される存在になるのだということがよく分かるエピソードである。

 

「長太の大楠」

地元の人々はこの神のような大樹の生命力を信じ、復活を期待している。

 

 

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The Huge Camphor Tree of Nago in Suzuka

Ep.167

Thunder, which all of us fear sometimes breaks our precious objects.

A huge camphor tree in Nago, Suzuka city has been stood for thousand years!?, therefore it is symbol and holy one.

 

But Sep. in 2020, thunder fell this 26 height tree.

1 year later, a lot of greenish leaves were disappeared.  It’s almost died.

 

Citizen group has made a effort to make it recover, by using chemical fertilizer etc..

They wish it would become vital again.

 

tornado.blog.shinobi.jp

note.com

weathernews.jp

www.kankomie.or.jp

digital.asahi.com

www.isenp.co.jp

 

近鉄鈴鹿線 鈴鹿ハンター vs イオンモール鈴鹿 in 平田町

Ep.166

鈴鹿市の沿岸部である若松から内陸の平田町までを結ぶローカル線が「近鉄鈴鹿線」である。

近鉄の一路線であるが近鉄名古屋線からの直通があるわけではないので独立した路線である印象が強い。

 

 

伊勢若松駅は郷土の偉人・大黒屋光太夫Ep.43参照)の出身に近く、また著名な地酒『作』Ep.39参照)の清水六三郎商店の近くでもある。

 

近鉄 HPより

 

全工程でわずか8.2km、5駅のみ。

伊勢若松駅を出ると柳の木がキレイな柳駅、鈴鹿市役所の目の前にある鈴鹿市駅、その昔毎月3日に市がたったのであろう三日市駅を経て終点の平田町駅に到着だ。

 

利用客は少ない。地元民の足は自動車である。

 

田町駅の改札を出ると、右に行くか左に行くか、人々は選択を迫られる。

すなわち「イオンモール鈴鹿」に行くか、「鈴鹿ハンター」に行くか。

 

まず鈴鹿ハンターを目指してみる。

 

 

鈴鹿ハンターショッピングセンターは市中心部に古くからあり、地元民にはお馴染みの場所だ。

 

HPより スーパーサンシEp.41参照)が入っている

 

中に入ると地元感で溢れる。

このような“地場ショッピングモール”が私は好きだ。

 

知り合いの鈴鹿市出身の方によると、その昔は「アイリス」という別のショッピングモールも近くにあったらしい。

そしてアイリスとハンターにお買い物に行くことを「アイハン」と呼んだという。なんてローカルな話だろう!?

 

ところで鈴鹿でアイリスというと女子ハンドボールチームの『三重バイオレットアイリスEp.92参照)が思い浮かぶが、ショッピングモールのアイリスと何か関係があるのだろうか?(調べた限り分からなかった)

 

鈴鹿ハンターの目の前にある「弁天山公園」 鈴鹿市移住・定住ポータルサイトより

 

しかしアイリスは今はもうない。その理由に「イオンモール鈴鹿」の影響が挙げられる。

続いて平田町駅を出て右に向かってみよう。

 

 

まずは旭化成の工場が現れる。

ケミカルエンジニアである私にとって旭化成鈴鹿、という印象はほぼないのだが、こちらの鈴鹿工場ではサランラップを製造しているのだ。

 

鈴鹿シティマラソンEp.133参照)のときの景品

 

旭化成を過ぎるといよいよ見えてくる。

これぞイオンのお膝元・三重県Ep.8参照)でも最大の規模を誇る「イオンモール鈴鹿」である。

 

イオンモール鈴鹿 HPより

 

ちなみにイオンモール鈴鹿の隣には「イオンタウン鈴鹿」もある。こちらもイオンタウンとして超大型ショッピングモールである。

 

その昔は「イオン鈴鹿ショッピングセンターベルシティ」という名称であったため、現在でも地元民からは「ベル」と呼ばれているようだ。

先述の知り合いの方もよく「ベル」と言っているので最初は何の事だが分からなかった。

ベルシティという名称が消えたのは2011年のようだ。

 

イオンタウン鈴鹿 HPより

 

鈴鹿ハンターとイオンモール鈴鹿」の関係というのは距離的にも超近接しており、“地場vs業界最大手ショッピングモール”という構図である。

これは四日市でいう「日永カヨーとイオンタウン四日市泊」というところだろう。

私の周囲にも

「おれはカヨー派」

という人がいる(ただし日永カヨーにはイオンが入っている。ややこしい話だが..)。

 

鈴鹿ハンターも日永カヨーも、地元民に生活と買い物の楽しみを提供し続ける、日本でここにしかない”地場ショッピングモール”としてこれからもあり続けてもらいたいなと思う。

 

鉄道プレスネットより

 

話を近鉄鈴鹿線に戻そう。

 

23年3月、沿線住民と鈴鹿市民にとって興味深いニュースが流れた。

末松則子鈴鹿市長が、県内のリニアモーターカー新設予定駅(亀山市内の3ヶ所が候補)と在来線を接続するため「近鉄鈴鹿線を平田町駅から延伸する計画」があるとのことを発表した。

 

鉄道プレスネットより

 

リニアモーターカーで名古屋以西の路線(大阪までつなぐ)の計画や「一県一駅ルール」に基づき、県知事や政治家は前のめりだ。

しかしイニシャルコストもランニングコストも莫大にかかるリニアの延伸(或いはリニアの存在そのもの)に懐疑的な声は多い。

 

リニア新駅の波及効果で近鉄鈴鹿線にも大きな変化が訪れるのだろうか?

鈴鹿にひっそり存在する近鉄のマイナー路線に、今後注目が集まりそうだ。

 

 

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Kintetsu Suzuka Railway  Two Shopping Malls “Suzuka Hunter” and “AEON Mall Suzuka” in Hirata-cho

Ep.166

Kintetsu Suzuka Railway is a minor line which connects short distance 8.2km, 5 stations.

The terminal of this line is Hirata-cho where two shopping malls “Suzuka Hunter” and “AEON Mall Suzuka” are located.

The latter is the biggest retail company, but the former is a local one.

 

Recently we heard the news that Suzuka mayor had a plan to build extension of this Kintetsu Suzuka Railway because a new station of maglev train might was set.

 

www.suzuka-hunter.com

suzuka-aeonmall.com

news.railway-pressnet.com