Ep.167
広島から茨城のつくば市に移り住んだのは小学4年生の夏だから1995年のことだった。
祖父母が暮らしていたのでそれまでもお盆や正月休みの度につくばに来てはいたが、一時的な滞在ではなく生活するとなると別の話だった。
まず興味を抱いたのは「テレビ東京」の存在だった。
関東の人にはおなじみの12チャンネルだが広島にはない。
当時このテレビ局は夕方になると毎日アニメを放送していて(『新世紀エヴァンゲリオン』もこのときなのだが私は観た記憶がない)、任天堂のテレビゲームで子供たちが対決する『スーパーマリオスタジアム』やジャニーズJr.が出る番組『愛LOVEジュニア』もあった。
他局がニュースを報じている時間帯だったので、テレ東を観ていた小学生はけっこういたと思う。
ところで夕方のこの時間帯というのは、よく夕立に見舞われた。雷を伴う激しいものだ。
広島と茨城の大きな違いとして次に私が気付いたことがこれだった。
それまで快晴だったのにどんどん空は暗くなり遠くで雷が鳴る。そして激しい雨が降ってくる。
ただし雷雨は短時間で止み、再び陽が照ってくることもある。
私は幼心に「関東は夕立が多いんだ」と理解し始めていた。
空が暗くなると、祖母は「らいさまが来っから中に入れー」と言っていた。
「らいさま」とは「雷様」のことだ。
「らいさま」とは、恐怖の存在だった。
ここまでの記述を読んでもピンときていない読者は多いかもしれない。
雷が来ても建物の中にいれば安心じゃないかと。
たしかに、地震や津波や土砂災害ならば家の中にいても安全は保障されないのに対し、雷ならばまず命は保障されそうだ。
しかしあなたがもしそう思ったなら、あなたは雷の恐ろしさを理解していない。
ピカっと光ったのちしばらく経ってからゴロゴロと呑気な低音を響かせているうちはいい。
本当に恐怖なのはごく近くに来たときだ。
光と音が同時に来るときが危険である。
『青いイナズマ』(SMAP,1996年)ではなく「青いフラッシュ(閃光)」という表現がふさわしい。あたり一面が青白く明るくなるのと同時に「パキーーーーン」とか「パリーーーーン」という耳をつんざくような超特大音量の高音が響く。近いと高音なのだ。マンガで人物がびっくりしたとき飛び上がる描写があるがあれはまさに言い得て妙だ。それが繰り返し起こる。何度も落ちる。神々が怒っているのか、或いは「まるで今日、世界は終わる」のか、というように。
建物の中でも窓や柱の近くにいると危険だというのも本能的に理解できる。家の中心こそが最も安全なのだと知覚できる。
まさに95年だったと思うが、同じ集落の大木に落雷があった。大音量があったのも憶えている。あれはそのときのものだったかもしれない。
時は流れ2016年、私は民放の人気のバラエティ番組『クレイジージャーニー』を観ていた。
そのときの回は青木豊さんという「ストームチェイサー」の方が出演していた。
「ストームチェイサー Storm Chaser」とはアメリカでトルネードを車に乗って追いかけ、写真や動画を撮ってメディアに販売する人たちのことだ。
青木さんは雷を始めとする気象現象を追いかける、日本で唯一のプロのストームチェイサーと紹介されていた。
そんな青木さんの活動拠点(居住地)は茨城県の筑西(ちくせい)市だった。
なぜ筑西か? 青木さんによると
「北関東の平野部は日本で有数の雷多発地帯」
であるからとのことだった。
これは私も知らなかったのでとても驚いた。
幼い頃の「関東は夕立が多い」という理解はやや飛躍があったことにその後気付いていた。大学進学で上京した東京では、夏に夕立と雷雨こそあれ、頻度の高いものではなかったからだ。
青木さんの活動を知って、つくばを始め、茨城県西部(下妻・桜川・筑西・結城・古河)や栃木県南部というのは、雷が特に活発なエリアだと知ったのだった。
そしてこれらの地帯は共通して「らいさま」という方言を使うそうだ。(ちなみに私が「らいさま」の呼称が全国区でないことを知ったのは割と最近だ)
同番組中、青木さんの雷雨のチェイス(追跡)を見ると、あたり一面の田んぼ道をクルマに乗って走る。走る。
茨城県西部の見慣れた景色が全国区の人気番組の画面に登場し、私はニヤリとしていた。
そうなのだ。茨城県西部とは、呆れるほど見渡す限りの大田園地帯。地形はフラット(平野)だし山もない、高層ビルやタワーマンションがあるような土地じゃないから、地平線まで田んぼである。
追跡しやすく、視認性に優れ、結果的に良い写真も撮れる。筑西市ベースの活動はこの点でもメリットがありそうだ。
さて、三重県にも雷で苦しんだモノがある。
「長太の大楠(なごのおおくす)」である。
鈴鹿市の南長太町(みなみなごちょう)にある、樹高26m、幹の直径2.6m、樹齢1,000年と伝わるバケモノのようなクスノキである。県指定の天然記念物だ。
このエリアも、あたり一面、呆れるほどの田んぼである。
近鉄名古屋線に乗って四日市から南下する際、陸側(西側)を見ると田んぼの中に1本、林立しているオオクスを確認できる。
あまりに象徴的な姿で、また幻想的とも言えるものだ。
そんな長太の大楠が不幸に見舞われたのは2020年9月のことだった。
雷が落ちてしまったのである。
落雷後、相次ぎ枯れ枝が見られ始めたオオクス。落雷前は「根元から空が見えないほど葉が茂っていた」(23年4月16日、朝日新聞)とのことなのに。
落雷の電流が根元まで届き、深刻なダメージを食らったことが伺える。
市民団体はクスノキの保護を市に嘆願。
鈴鹿市は、根元の周囲に堆肥や化学肥料を入れる土地改良の試みを実施。地道な「治療」を続けているとのことだ。
樹齢1,000年ともなると、神聖で、人々にとって深く愛される存在になるのだということがよく分かるエピソードである。
「長太の大楠」
地元の人々はこの神のような大樹の生命力を信じ、復活を期待している。
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The Huge Camphor Tree of Nago in Suzuka
Ep.167
Thunder, which all of us fear sometimes breaks our precious objects.
A huge camphor tree in Nago, Suzuka city has been stood for thousand years!?, therefore it is symbol and holy one.
But Sep. in 2020, thunder fell this 26 height tree.
1 year later, a lot of greenish leaves were disappeared. It’s almost died.
Citizen group has made a effort to make it recover, by using chemical fertilizer etc..
They wish it would become vital again.