みんなの笑顔が三重(みえ)てくる Jima-t’s diary

「地域性」に光をあて、「違い」を学び、リスペクトし、楽しむというスタンスで四日市や三重の魅力を伝えていきます

芸濃ずいき 三重県の伝統食材1

Ep.57

数年前、京都駅の新幹線改札内でおみやげを探していた。

その際、漬物コーナーにある「ずいき」なる赤い野菜の漬物を見つけた。「京野菜」の一つだろうと思って興味深かったので、これを買って帰ることにした(ただし味は覚えていない..)。

 

先日、「みえの伝統野菜」の一つで、津市の芸濃(げいのう)町で栽培されている「芸濃ずいき」の存在を知った。

出荷先の9割以上が京都で、県内にはほとんど流通していないという。

するとあのとき食べたずいきは、津から入荷されたものだったのかもしれない。

 

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芸濃ずいき つづきは三重で HPより

私は「江戸東京野菜」に関する本を読んで以来、各地の「伝統野菜」に関心を持っている。

「江戸東京野菜」とは、「江戸時代から昭和40年頃まで東京で栽培されていた在来種や在来の栽培方法に由来する野菜」JA東京中央会HPより)のことで、

「伝統野菜」とは、「日本各地で古くから栽培されてきた地方野菜」(日本伝統野菜推進協会HPより)とのことだ。

 

その土地の気候に適し、文化・慣習にひも付いた在来の野菜があることは当然なのだが、栽培技術の進化や流通網の構築など現代化の過程で、その地で栽培する必然性が薄れたり、ビジネス的においしくなかったりして在来種は減少・消滅していった。

 

これは珍しい野菜に限った話ではなく、スーパーの棚に並んでいるおなじみの野菜も同様で、高度経済成長期に大都市への安定的・大量の野菜の供給が求められたことで、特定の種への収斂が進んだ。

 

この様な背景から均一・画一的になってしまった日本の野菜たちだが、近年、その地の在来種を復活させようというムーブメントが起こっている。

個性や多様性を尊重したり、地域性を大切にしようという時代の流れの中において、伝統野菜の復活は親和性が高いように見える。先陣を切っているのが江戸東京野菜だ。

 

 

三重県でも、

50年以上前から栽培されている、現在も一定量が市場に出荷されている、郷土色のレシピがある、

などの定義を満たした野菜と果実に関して、

「みえの伝統野菜」と「みえの伝統果実」を選定している。

 

芸濃ずいきはそのうちの一つで、「ずいき」とは特定の野菜の種を意味するわけではなく、サトイモの茎の部分のことをさすようだ。

 

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芸濃ずいき つづきは三重で HPより

芸濃ずいきが出回る時期は6〜8月とのこと。前述の通り、その辺のスーパーでは販売されておらず、津市内のJA直売所や道の駅で販売されていた。

 

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私はこの食材を入手し、伝説のTV番組「料理の鉄人」さながら調理を試みた。

 

1. 芸濃ずいきの酢の物

ずいきを軽く炒めた後、酢と砂糖で味付け。

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芸濃ずいきの酢の物

結果;

レシピが付属されていたので手始めにそれに従い作ったら上手にできた。最後にちらしたゴマの香りが効果的。

 

 

2. 芸濃ずいきのしば漬け

適当な長さに切った後、しば漬けの素で漬けた。

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芸濃ずいきのしば漬け

結果;

しば漬けの素をふりかけ過ぎてしょっぱくなり過ぎてしまったと思ったが、冷蔵庫で一日置いたら味が落ち着いた。食感も良く、ずいきは漬物に向いていた。

 

 

3. 芸濃ずいきと豚肉のガーリック炒め

ずいきと豚肉とニンニクを炒めて醤油とオイスターソースで味付け。

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芸濃ずいきと豚肉のガーリック炒め

結果;

上記2品を作った後に痛感したことは、ずいきとは「茎」そのものだということだった。そこで茎を上手に利用した料理として浮かんだのが、現地の中華料理の屋台で食べた空芯菜と豚肉の炒めもので、空芯菜の代わりにずいきにしてしまうという発想だった。特徴である赤色とシャキッとした食感は失ってしまったが、味が決まったので満足した。

 

 

4. 芸濃ずいき on ゆば

ずいきをせいろで蒸した後、冷やしてゆばの上に載せて醤油をかける。

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芸濃ずいき on ゆば

結果;

「フキ」の煮物や京料理をイメージし、ゆばと合わせた。結果、上品な? 料理に仕上がる。居酒屋のお通しで出せるレベルまでに昇華された(笑)。

 

 

この記事を読んだ方もぜひ、芸濃ずいきの料理にチャレンジを!

 

 

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芸濃ずいき Geinou Zuiki traditional ingredients of Mie, part1

Ep.57

“Traditional ingredients in each regions” have revival movement now.

Some people have stopped its extinction and tried to crop again.

It looks good very much in present society, in terms of the respect for diversity and regionality.

 

Mie has already defined 6 kind of their traditional vegetables and 4 kind of fruits.

Recently I obtained 芸濃ずいき Geinou Zuiki which was one of traditional vegetables.

 

I tried cooking with this ingredients, like “Iron chef” from Japanese legendary TV cooking show.

 

My cuisine are below.

  1. Sweet vinegared food of Geinou Zuiki
  2. Shiba-duke pickles of Geinou Zuiki
  3. Stir-fly of Geinou Zuiki and pork with garlic
  4. Geinou Zuiki on Yuba

 

Several cuisine were yummy!

I was also satisfied with my cooking skills!

 

www.pref.mie.lg.jp

tradveggie.or.jp

 

  

漂流 from 三重 part 2

Ep.56

 三重の地から漂流しながらも生きながらえた歴史上の重要人物と言えば、江戸時代の船乗り、大黒屋光太夫Ep.43参照)が有名だが、

太夫よりもっと昔に、しかも沖縄の歴史に特筆すべき出来事をもたらした重要人物がいたことをご存知だろうか?

 

室町時代真言宗の僧侶、日秀(にっしゅう)だ。

 

日秀は紀伊地方(なので正確には現在の和歌山県なのだが..)、那智勝浦から「補陀落渡海(ふだらくとかい)」を行った高僧だ。

 

補陀落渡海とは、「南方にあるとされる浄土」つまりは陸から遠く離れた海の彼方を目指し、僧侶が「補陀落渡海船」に乗り込んで出発する行為のことだ。

真言宗&熊野信仰というこの土地特有の思想に、浄土信仰の流行という時代背景が絡んだものだ。

 

ただし、この船出はそもそも帰還・生還を想定したものではない。

 

僧侶は「30日分の食料と灯油だけを携えて乗り込」み「外に出られないよう、扉は外からくぎで打ち付け」られた状態で、

2機の曳航船にひかれて適当な沖合まで出た後、「綱を切られ、黒潮に乗ってどこまでも流されていった」らしい(2018年5月9日、日本経済新聞

 

この宗教行為が私たちを震撼させるのは、これは事実上の自殺行為・自殺ほう助であるという点だ。

 

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復元された補陀落渡海船 日本経済新聞の記事より

熊野、つまりは紀伊半島の南端近くから出船して流れに身を任せるとなると、上記の記事にある通り、基本的には「黒潮」に乗るので東に進み、広大な太平洋を漂流することになるらしい(当然、生還や漂着する確率は低い)。

大黒屋光太夫たちも黒潮に乗って太平洋を漂流した。

 

が、中には「親潮」に乗ることもあり得、この場合は南西方向に漂流することとなる。

冒頭の僧侶・日秀の補陀落渡海船はこの親潮に乗り、琉球王国金武(現在の沖縄本島国頭郡)に漂着。日秀はこの地を「浄土」と見なし、真言宗や熊野信仰を広め、お寺も創ったらしいWikipedia

 

なお、日秀の漂着や補陀落渡海については、極地探検家にしてノンフィクション作家・角幡唯介さんの著書『漂流』に詳しい。

 

 

大黒屋光太夫に劣らず、日秀もほとんど奇跡のような話である。

キーワードは「漂流」だ。

 

私は大黒屋光太夫記念館を訪れた際、館内に掲示してあった歴史年表に目を見張った。それには光太夫本人の年表と併せて、世の中の出来事と「その他の漂流事件」について記してあった。

 

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大黒屋光太夫記念館の歴史年表


これによると、この時代の船乗りたちが、

台湾、清国、朝鮮、ルソン(フィリピン)、ミンダナオ(フィリピン)、安南(ベトナム

に漂流していることが分かる。

 

漂流、漂流、また漂流だ。

船乗りたちの歴史とは、漂流の歴史ではないか。しかも江戸時代だけでこの数だ。さらに言うと「漂着して生存が確認された」から記録に残っているわけで、実際にはもっと、おびただしい数の船乗りたちが漂流し、帰らぬ人になったに違いない。

この時代(18世紀)の日本における技術で、大海原に繰り出すとは、命懸けの行為だったのだ。

 

大黒屋光太夫やジョン万次郎(伊豆諸島に漂着)がとりわけ有名なのは、「漂流して生還したことがミラクルだったから」ではない。

たまたま日本史上の転換期、つまりは江戸幕府が諸外国の侵略に怯えている中で、「外国人に伴われて帰国する」ことが大きなインパクトだったからなのだ。

 

 

すると、人類は、これまでの歴史でどれほどの数の人が漂流してきたのだろう?

有史以前、ホモサピエンスが拡散して地球上の隅から隅までの陸地に入植した過程において、漂流・漂着という「偶然」がもたらした確率や頻度はどの程度なのだろうか?

 

 

私はホモサピエンスの歴史に興味があるので、「出アフリカ(Out of Africa)」や「現生人類の拡散(Homo sapiens migration)」といった人類史上最大のイベントに着目してきた。

 

なので海部陽介先生(現・東京大学教授)の「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」も熱心に応援している。

これはアフリカを出発したホモサピエンスが世界中へ拡散していく過程において、3万5000年前に日本列島に入って来た集団の「海を越える方法」を再現するというもので、具体的には、台湾で舟を作って、それを漕いで与那国島まで到達できるかどうか、を実証するというプロジェクトだ。

 

プロジェクト自体は2019年に見事成功をおさめ、「航海できる」ことを証明したのだが、想定以上に過酷だったこともあり、漕ぎ手の体力・航海技術・造船技術・舟の性能・携行した食料や飲料などの観点から、本当に当時のホモサピエンスがこれを成し遂げたのか? という再検証が必要だろうと思われる。

 

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3万年前の航海 徹底再現プロジェクト HPより

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私は海部先生のファンなので、このスター研究者が書いた本はすべて読んでいる。

ある著書の中で(正確な記述は覚えていないが)、

台湾東部の標高の高い山から天気の良い日に東を見ると、うっすらと陸(与那国島のこと)が見える。この事実が、当時台湾に居住していた集団の想像力をかき立たせ、海を越えてその地に向かうという原動力になったのではないか、という旨が述べられていた。

 

ロマンがあって美しいストーリーだ。

日本人の祖先たちは崇高な挑戦を成し遂げたのだから。

私も「ふーん、そんなものか」と感心・納得していた。

 

 

だが大黒屋光太夫記念館で、漂流、漂流、また漂流、の純然たる事実を目の当たりにしてしまうと、なんだか上記の美しいストーリーが揺らいできてしまった。

 

身も蓋もない言い方をすると、ホモサピエンスの日本列島への進出・沖縄ルートに関しては、「漂着という偶然」だった可能性もあるのではないか? ということだ。

 

5万年前に台湾到着、3万5000年前に沖縄到着とすると、その差の1万5000年の期間に、何十万人、下手すると何百万人が漂流し、その中のある集団が偶然、与那国島に漂着でき、日本人の始祖になった、というシナリオは?

 

こうなってくると、台湾→日本だけではない。

ハワイやタヒチクック諸島イースター島など、ポリネシアの島々(いわゆるリモート・オセアニア)への拡散というのは、まだよく分かっていないことが多いようなのだが、これも漂流の可能性がある(と思う)。

 

 

ホモサピエンスの長距離航海が意図的だったか、非意図的だったか、については答えの出ない話だけれど、「漂流」という出来事から想像の翼が広がっていったのだった。

 

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熊野から臨む太平洋

 

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Drift from Mie Part 2

Ep.56

A person who drifted from Mie was 日秀 Nisshu.  He was a high priest of Shingon Buddhism in 16th century.

 

After 補陀落渡海 Fudarakutokai which was “the drifting by their self as religious act”, he arrived at Okinawa island coincidentally.

He considered this land was “Pure land”, taught people Shingon Buddhism or Kumano faith and built temples.

 

Drifting, how important key issues are.  To change situation or to create something.

 

Not only the middle ages, but ancient era.

I imagined that a group of Homo sapience, our ancestors might migrate by drifting, from Taiwan to Okinawa and various islands in Pacific Ocean.

 

 

 

www.kahaku.go.jp

 

 

美しき県庁所在地・津 「風格」編

Ep.55

一年前の今頃、コロナ禍で県内の小中学校が他県への修学旅行を自粛する、という動きがあった。

そんな折、津市観光協会が、津市を修学旅行先の選択肢に加えてもらおうとアピールするという記事(2020年8月13日、伊勢新聞を読んだ。

 

当時の私は、近くに伊勢・志摩・鳥羽がある中で津は選ばれないだろう、と思っていた。そもそも津にはこれといった観光地はないと。

 

が、それは誤りだった。私はこの県庁所在地について理解していなかった。

 

 

1. 専修寺(せんじゅじ)

津市内で最も格式が高く、大きいお寺。親鸞の教えを汲む真宗高田派の本山で「高田本山」とも言われている。御影堂(みえいどう)と如来堂(にょらいどう)は2017年、建造物で三重県初の国宝になった。

 

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御影堂(みえいどう)

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左手が如来堂(にょらいどう)

 

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2. 四天王寺(してんのうじ)

四天王寺と聞くと大阪を想像してしまうが、津にもある。津の四天王寺聖徳太子が建立したという曹洞宗のお寺。今年2021年は聖徳太子の没後1400年!?ということで、法要が行われていた。

 

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3. 津観音(つかんのん)

正式名称は恵日山観音寺(えにちざんかんのんじ)で、真言宗醍醐派のお寺。

こちらのお寺ではその昔、節分の日に、

「罪人を鬼に見立てて境内に放ち、武士がそれを追い立てて斬り殺していた『鬼押さえ』」

が戦国時代から明治時代まで続いていたという(2021年1月28日、朝日新聞

「首尾良く武士から逃げ切った罪人は無罪放免とされ、自由の身になった」らしい。

先日、お寺の住職さんが認めたため、県内がざわついた(と思う)。

人権も何もあったものじゃないがそういう時代だったと思うべきなのだろうか?

 

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桐の花

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母親が津市出身の小津安二郎監督の石碑

 

 

4. 津城跡

1850年織田信長の弟、信包(のぶかね)によって築かれ、江戸時代になってから藤堂高虎(とうどうたかとら)が改修を行い、現在は公園になっている。園内は緑に溢れており散歩に最適だった。

 

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聖徳太子親鸞といった人物は歴史上の中でも別格で、私たちはこの街の歴史や史跡から、余裕や気品、格調の高さを感じることができる。

 

一度この街の「美しさ」と「風格」を知ってしまうと、三重県北部の産業都市(四日市のこと)はとても敵わないな、とすら思ってしまうのだった。

 

 

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津 Tsu, How beautiful this city is!  “The Legacy”

Ep.55

The prefectural capital of Mie, 津 Tsu city has various historic sites.

専修寺 Senjuji temple, 四天王寺 Shitennoji temple, 津観音 Tsu Kannon temple and 津城跡 Tsu castle ruins are the legacy of this region.

We can enjoy distinctive atmosphere and the dignity from this ancient city.

 

www.senjuji.or.jp

www.sitennoji.net

tsukannon.com

 

https://www.kankomie.or.jp/spot/detail_2886.html

 

 

ラグビー PEARLS(パールズ)編

Ep.54

四日市を拠点に活動する女子ラグビーチーム「PEARLS(パールズ)」は、今年の2月に行われた「全国女子ラグビーフットボール選手権大会」で優勝し、15人制女子ラグビーで初の日本一に輝いた。

 

私はこの試合をYouTubeライブ配信で観ていた。パールズの(正直に言うと女子ラグビーの)試合を真剣に観るのは初めてだったが、主将のNo.8 齋藤聖奈選手が先制トライを挙げてからというもの、点を獲って獲り続け、41―10で快勝してしまった。

CTB ティマイマ・ラヴィサ選手(フィジー)のランとパスのスキルは対戦相手を翻弄し、WTB ジョージア・ダールズ選手(ニュージーランド)はラインブレイクし続けた。

 

パールズの完勝だった。

勝戦なのになぜこんなにも力の差があるのかと不思議に思ったほどだ。

 

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パールズ HPより

 

悲願の初優勝を成し遂げたパールズへの四日市市長・市役所のリアクションは小さく(所感)、新聞でも大きく取り上げなかった地元メディアに対して、私は失望している。

なんてったって日本一なのだ。

毎週記事が載る男子ラグビーの「Honda HEAT」(鈴鹿市)は、本シーズンのトップリーグ・レッドカンファレンスで1勝しかできず、下から3番目でフィニッシュした弱小チームだというのに。

 

私はパールズの選手を、市内のスポーツジムやスーパーで見かけたことがある。彼女たちは本当にこの街で生活し、トレーニングし、日本一になったのだ。

 

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垂れ幕 近鉄百貨店四日市

 

話は変わり、6月最後の週末に「太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ 第4戦・鈴鹿大会」が開催されるということで、私は「三重交通G スポーツの杜鈴鹿」に観戦に訪れた。

 

現在、日本の女子ラグビー界は、冒頭に述べた「全国選手権(15人制)」、今回の「太陽生命セブンズシリーズ(7人制)」と「国体(7人制)」が3大タイトルになっており、今シーズンのパールズは3冠を目標としている。

 

太陽生命シリーズ」は2014年から始まった女子7人制ラグビー(セブンス)の大会で、日本女子ラグビー界のレベルアップに最も寄与してきたと言われる。

 

今シーズンは第1戦・東京大会、第2戦・静岡エコパ大会、第3戦・熊谷大会、に続くシリーズ最終戦鈴鹿であり、鈴鹿大会で年間総合優勝が決まるというものだ。

 

第3戦までを終えた時点で年間総合ポイントで2位につけていたパールズは、地元で大会優勝かつ年間チャンピオンをかけて戦うことになった。

 

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三重交通G スポーツの杜鈴鹿

 

ところで私は7人制ラグビー(セブンス)については明るくなかった。

ルールは理解しているし、男子ではフィジーが最強(後述)という事実は知っていたものの、セオリーやプレーの傾向は把握していなかった。

 

私のそれまでのイメージだが、15人制との違い(男子)について、

「体のサイズはそこまで要求されない」というものがあった。

男子15人制で例えると、PR 稲垣啓太(116kg)のような体重はいらないし、LO ジェームス・ムーア(195cm)のような身長もいらない。

 

それよりも重要なのが「走力」だ。

都合の良い日本語があるから「走力」と表しているが、分解すると、アジリティー・スプリント回数・絶対的なトップスピード・ランニングスキル・スタミナ、といった具合になる。

 

誤解を恐れずに言うと、セブンスでは「サイズはそこそこでとにかく走れる選手」で構成されており、彼らが15人制でもトップ・オブ・トップかと言うとそうではない(ただし例外的にWTBでは究極的に足が速い選手が選ばれる傾向があるので、福岡堅樹やレメキ・ロマノ・ラヴァはリオ五輪代表にも選ばれた)。

サイズの問題で15人制では埋もれている才能が、光り輝く別の舞台がセブンスなのだ。

 

が、とにかく実際に観ないことには分からない。いざ観客席へ。

入場料は無料。私が到着した時点で観客は490人とのことだった。

 

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ちょうど行われていたのは、

東京山九フェニックス vs 日本体育大学

だった。

この日(第1日目)は予選リーグで、全12チームが3グループに分かれて総当たりで戦うので計36試合が行われる。各チームは一日で3試合戦うことになる。前後半7分ハーフと短い代わりに、フィールドの広さは15人制と同様だ。

 

 

何試合か観た後で分かったことは、この競技は「高度な鬼ごっこ」と形容するのがふさわしい。体を動かすレクリエーションとも言える。ミニゲーム感が強い。もちろん、観ていてとても楽しい。

 

また私がそれまで思っていたよりも、フィジカルは必要とされず、一にも二にも走力、といった感じだ。

実際に観た上での15人制とのプレースタイルの違いについて、この競技ではボールを持った選手が横に流れたり斜め前方に走ったりする。15人制では基本的にボールを持った選手はトップスピードで真っすぐ走って相手にぶち当たる、つまりゴールまで最短距離を行く、というのがセオリーとされる。

セブンスではプレーヤーの人数が少ないため広大なスペースがある。なのでそのエリアを見出して、相手に捕まることなく、仲間と工夫しながらゴールを目指す、というプレーを志向しているものと思われる。

 

観客のみなさんを見ると、各地からこの鈴鹿に応援に来ていることが分かる。東京、徳島、長門市山口県)、熊谷、札幌、横浜、大阪などから来ているのだろう。地元のパールズのファンを除くと選手たちのご両親たちが多いのではないかと思う。

 

パールズは1試合目の「北海道バーバリアンズ ディアナ」戦と2試合目の「YOKOHAMA TKM」戦に快勝して、この日最後の試合、「追手門学院大学」戦を迎えた。

パールズのファンは結構詰めかけていた。彼らはパールズの出番直前になると客席に来て、終わると一斉にはける、というもので、少年野球や少年サッカーで我が子のチームの試合のときだけ観にくる保護者のようだった。

ただし、みなさんなかなかラグビーを見慣れている。

 

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この試合はパールズが終始僅差でリードするという展開だった。終盤、追加点を狙うアタックで、ラヴィサ選手がこの選手特有の(いや、フィジアン特有の)片手パスを繰り出したがスローフォワードを取られてしまったのと、ゴール前5mのディフェンスでピンチ脱出のターンオーバーと思いきやラインオフサイドを取られる、というパールズにとって厳しいジャッジが2回続いた。

これに対し客席のパールズファンのみなさんは不満の様子。私の近くにいた男の子も「審判、違うんちゃう?」と言っている。

結局、土壇場でトライを許したパールズは負けてしまった(それでもC組1位で翌日の決勝トーナメントへ進んだ)。

 

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試合を終えて観客席にあいさつするパールズの選手たち

 

私自身は全ての試合を真剣に観ていた。

「ながとブルーエンジェルス」「アルカス熊谷」「東京山九フェニックス」の3チームがとりわけ強かった。アタックが洗練されていてプレーの明確な意図を感じられる。選手たちの連携・連動も抜群で明らかに完成度が高い。後で調べると、この3チームはセブンスに特化したクラブチームということだった。であるとすると、この舞台をシーズン最重要の大会、と位置付けている可能性が高い。

 

翌日、(私は観戦できなかったが)決勝トーナメントと順位決定戦が行われた。

パールズは準々決勝で「チャレンジ」チームと対戦。が、平均年齢17歳の「セブンズユースアカデミー」の選手たちが主体だというこのチームに敗北。地元での優勝はならなかった。

 

これを知ったとき、日本チャンピオンが高校選抜に負けてしまうという事実に戸惑った。男子で例えると、桐蔭学園パナソニックワイルドナイツに勝ってしまうようなものじゃないかと。

おそらくセブンスでは、圧倒的に試合時間が短いのと、フィジカルのハンディキャップが大きく低減される傾向にあるため、このような金星は割と起こり得るのだと思われる。

 

勝戦は、

東京山九フェニックス vs ながとブルーエンジェルス

で、東京山九が勝利。第4戦・鈴鹿大会を制した。

これをもって今シーズンの太陽生命シリーズが終了し、年間総合優勝は「ながとブルーエンジェルス」、2位が東京山九、3位がパールズとなった。

 

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パールズ HPより

 

後日談になるが、私は男子の7人制ラグビーについても勉強するためリオ五輪のときのフィジー代表の試合を観てみた。

 

「フィジー7人制ラグビーにおけるウサイン・ボルトだ」

エディー・ジョーンズ氏(現イングランド代表監督)が言ったことは知っていた。

本家ボルトや体操の内村航平や柔道男子100kg超級のテディ・リネールのように、99%金メダルを獲るだろう、と思われ、実際に獲った。男子のこの競技でぶっちぎりの強さを誇るのがフィジーだ。

 

フィジーの選手たちの特徴は、走力とフィジカルを高次元で兼ね備えている、というものだった。

ボールを持った堂々たる体躯の選手が敵陣に突っ込み、形の上では捕まるのだが懐が深いため絡まれることはなく、スタンディング状態でくるっと後ろを向くと、そこに走り込んでくる味方にパスする、というもので、要するにソニー・ビル・ウィリアムス(元オールブラックス)のようなオフロードパスを各選手が続けることで、数的有利の状況を作り出して外の選手で勝負、というパターンだった。(かつ、フィジー選手特有の自由奔放でトリッキーなプレーもセブンスには抜群に相性が良い)

 

彼らのプレースタイルを見て再び考えてしまうのは、セブンスにおけるフィジカルの優位性だった。この競技の選手に求められる特徴が私は再び分からなくなってしまった。

 

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リオ五輪決勝 フィジー vs イギリス

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ワールドラグビー HPより

 

いずれにしても今回の試合観戦で予習できたこともあり、私は東京五輪7人制ラグビーを男女ともにとても楽しみにしている。

 

3冠獲得の目標はついえたが、パールズにとっては、今秋に「三重とこわか国体」を控えている。実はパールズが2016年に発足した理由はこの地元で開催される国体のためなのだ。

そのような経緯からチームの名誉顧問は三重県知事、2人の顧問は四日市市長と鈴鹿市長がつとめている。すると国体で優勝したときこそ、政治家たちが大きくリアクションするのだろうか? それはさておき、とにかく三重国体だ。

 

齋藤聖奈キャプテンはインタビューで言っていた。

「3冠すべてにベストを尽くすが、地元開催の国体が本当に大きなターゲット」

「チームの発足からずっと目指してきた舞台なので、いよいよこのときが来たなという感覚」

と。

彼女たちのシーズンは続くのだった。

 

 

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PEARLS, Women’s rugby football club in Mie

Ep.54

PEARLS is the women’s rugby football club in Yokkaichi, Mie.

Almost players are an amateur.  They live, work and train in this city.

 

Since 2016, they have aimed to be not only a domestic champion, but contributed community.

In 2020-2021 season, they won “the national women’s rugby championship” for the first time.  They achieved their highest goal.

 

This season, 2021-2022 has already started.

PEARLS competed “Taiyo-seimei women’s sevens rugby series” as first official match this season.

In June, 4th round which means the final round of this competition held in Suzuka, their home ground.  So I went to see.

 

Even though only seven players playing and seven minutes halves, it’s almost same rule and field size as 15 players playing rugby.

 

It’s too fun!

This sport is “sophisticated tag”, like a recreation.

 

In my opinion, the most important skill is “Running skills” by individual players.

Second one is “Way of attacking” by all players.  They have to break defense-line with teammate, logically, tactically and creatively.

It seems that physical strength tends to be restricted.

 

PEARLS missed their first title in this season.

Next target will be “Kokutai (National sports festival of Japan)” in Autumn.

This year, it will hold this prefecture, Mie.

PEARLS has aimed another biggest purpose since they established.

I wish their dream comes true.

 

mie-pearls.com

 

www.youtube.com

 

 

美しき県庁所在地・津 「美しさ」編

Ep.53

三重県の県庁所在地は「津市」だが、この街について、県外の方にとってはおそらくいまいちピンとこない。

私は大学生のとき、全国をめぐる旅をしている際に初めてこの街を訪れたが、ただ駅を降りて夕食をとっただけで終わってしまった(Ep.0参照)。何があるか、どんな街かも分かっていなかった。

 

一昨年、三重県に引っ越して来てこの地域での生活が始まってからも、最初の半年間はこの街について詳しく知り得なかった。

 

が、何度か津市内を訪れる中で、徐々にこの街の魅力を、「美しさ」を理解できるようになっていった。

そこで今回はこの「あまり語られてこなかった県庁所在地・津」について光をあてたい。

 

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これはやはり三重県の方言(Ep.45参照)の一つだと思うのだが、地元の人たちは会話の中で、

「津市の意味としての『津』が出てきたとき」、

その発音は、文字で表記するならば『つ-』や『つぅ』となる(個人的には前者の方がより正確な表記だと思っている)。

 

例えば、

「◯◯さん、出身どこでしたっけ?」

「僕は、つぅです」

 

などとなるのだ。

一方で例えば「大市 おおし」や「軽海峡 がるかいきょう」や「島修二 しましゅうじ」や「たちてと」と言うときの発音はあくまでも通常の『』だ。

つぅがるかいきょう」とは言わない。

 

つ-』や『つぅ』となるのは文脈の中で「津」が出てくるときだけ。

どういうことかと言うと、これはやはり、「津」は一文字(一音)だけだから、いきなり会話の中で登場しても、相手が聞き逃したり聞き取れなかったりする可能性があるから、ほんの気持ち、コンマ1秒くらいは長く発音する、という理由からなのだと私は解釈している。

 

 

素晴らしい。

聞き手が理解できるようにと思いやること。その精神こそが、津の美しさの第一の点だ。

つ-』や『つぅ』という短い音の中には、相手を想う気持ちがあふれている。

 

 

津の美しさは発音だけではない。

三重県総合博物館(通称:MieMu)は、歴史や特色について学べる充実の展示で、三重県に引っ越して来た人がまず最初に行くべきところだ。

 

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三重県総合博物館 MieMu

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三重県立美術館

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三重県総合文化センター

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MieMuの近くには美術館や総合文化センター(コンサート会場)もある。この辺りはアカデミズムとアートの集積地になっている。

建物の外は緑が多く、キレイで静寂で空間にも余裕があり、美しい。

少しだけ私の地元、つくば市の中心部に雰囲気が似ているとも感じる。

 

 

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津 Tsu, How beautiful this city is!

Ep.53

津 Tsu city is the prefectural capital of Mie.  It might not have any symbol for people who are from out of this prefecture.

I also agreed with it first.

 

But my excursion there several times made me know this city.

Arts, Science, Culture, History, Temples, Nature, Cuisine and so on...

How beautiful this city is!

 

In this episode, I introduced Mie prefectural museum (MieMu) and Art museum.

They are the driving force for the culture of this city and Mie.

 

www.bunka.pref.mie.lg.jp

www.bunka.pref.mie.lg.jp

www.center-mie.or.jp

 

 

鎌ヶ岳(鈴鹿セブンマウンテン 5/7)

Ep.52

5月下旬、よく晴れた暑い日に鈴鹿セブンマウンテンの一つ、鎌ヶ岳(1,161m)へ。宮妻渓谷キャンプ場から出発し、

キャンプ場 → 宮妻林道 → 水沢岳(1,029m) →  鎌ヶ岳 →  カズラ谷ルート → キャンプ場 という一周ルートで目指すことにした。

 

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不動の滝

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途中、「不動の滝」に立ち寄りながら、30分程度で水沢岳の登山口へ。ここから水沢峠と山頂を目指す。

 

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1時間ほど登って水沢岳の山頂へ。これまでと同じように東側に展望が開けているので、菰野町四日市が見渡せる。

 

そしてここからは鎌ヶ岳の山頂を正面に見やりながら稜線を歩くルートになる。

 

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キノコ岩

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途中、象徴的な鎌ヶ岳の鋭峰と花崗岩でできた「キノコ岩」をともにフレームに収めるべく撮影をがんばる。この辺りは足場も風化した花崗岩でできているためか、ボロボロ崩れる。サブレのように。滑ると危険だった。

 

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しばらく歩くと突き出た岩のある場所に出た。

 

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鈴鹿セブンマウンテンとしては珍しく、西側を遠くまで見渡せそうだ。

この岩によじ登ってみる。

 

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す、すごい..

風も景色も。左前方に見えるのは滋賀県甲賀市だ。

その手前、つまり私の眼の前には険しい山々。

その昔、忍者たちはここでトレーニングしたに違いない。

 

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その後さらに小一時間ほど歩く。頂上が常に確認できているだけに、なかなかそこに辿り着かないもどかしさがある。

そしてとうとう、最後のひと登り、ラスト15分、という箇所まで来たとき、私は先行の登山者の姿を見て半笑いした。

それは崖登りと呼べるようなものだったからだ。

 

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この写真の右側がルート

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そんなこんなでようやく登頂!

 

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昼食と休憩をとった後、下山。

帰りは歩き始めて割とすぐに、穏やかな林道だということがわかったので、心にも余裕ができる。

 

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すると物事を考えながら歩き始めることとなる。何の物事を考えているかというと、実は仕事のことだったりする。

というのも、以前読んだ山極寿一さん(ゴリラ研究家、元・京都大学総長)の本に、

 

研究で行き詰まったときは、散歩をすることにしています。リラックスできて、良いアイデアが浮かぶものです。

 

というようなこと述べられていたため、それを実践してみようと思ったためだ。特に今回のように一人で山歩きをしているときは都合が良い。

 

サイエンティストと同様に、エンジニアもまた、想像性と創造性が必要とされる職種だ。

なので私は、NGロットの原因や、分子間相互作用が物性に与える影響や、電気特性と樹脂成形性のトレードオフ解消手段や、特許のストーリーと請求項などについて考えてみる。

業務課題を勤務中ではなく、プライベートにおける脳内活動で打破しようというものだ。

 

木々の様子、日光のそそぎ具合、風のさざめき、鳥の鳴き声などを感じながら、何らかの「きっかけ」が訪れるのを待つ。

 

 

が、いつまでたっても閃きはなく、アイデアも降りてこない。

 

無理だ...

目の前にリンゴが空から降ってきてそれにより宇宙の法則に気付くなんてのは。

敵いませんね。天才の着想には。

 

いやそうなるためには、もっと、普段から、徹底的に、それらについて考えてなければダメだろう、と思い始める。

すると自分は、ニュートンや山極さんと同じスタートラインにも立っていないじゃないか、ということに思い当たる。

 

 

そんなこんなを考えながら歩いていると、水の音が聞こえてきた。ゴールは近い。

 

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ゴール!

 

登りは鎌ヶ岳の山頂まで3時間20分を費やしたが、下りは1時間20分で降りてきていた。

が、下るペースは少し速すぎたようだ。

というのも、最後の方は足の踏ん張りがきかず、滑って3回尻餅をついた。川を横切るために小石を飛び跳ねて渡っていたら、踏み外して川に落ちた。疲労が足に蓄積されているのは明らかだった。

ただ、今回の鎌ヶ岳と走破したルートは総じてとても楽しいものだった。

特に水沢岳から鎌ヶ岳への稜線を歩くルートは、これまでの鈴鹿セブンマウンテンの中でもベストだと思う。

 

 

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鎌ヶ岳Kamaga-take

Ep.52

Late May, I hiked 鎌ヶ岳Kamaga-take (1,161m) which was my 5th target of Suzuka seven mountains.

On the way to the peak, I could see west direction.  Koka city, Shiga prefecture is one of the homeland of Ninja.  Long years ago, this deep forest and mountains in front of me, must be a training sites for Ninja.

 

After that, I looked the symbolic sharp peak while I was walking.

The way of peak was the hardest, but too fun.

 

 

Achievement ;

Suzuka 7 mountains 5/7

 

 

 

 

恋する いなべ市

Ep.51

三重県最北の町、いなべ市の「にぎわいの森」を訪れた。

ここはいなべ市が自然や農産品といった特徴をいかし、まちづくりの拠点と位置付けて2019年にオープンした場所で、飲食店や物販店が出店されている。

いなべ市は同年、全国で6番目、三重県で初めての「フェアトレードタウン」に認定された町でもある。

 

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おしゃれな市役所

 

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にぎわいの森

 

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行列のできるパン屋やカフェ、セレクトショップなどがある。

11時前には人もまばらだったが、お昼が近づくにつれて少しずつにぎわってきた。

 

 

にぎわいの森を後にして、阿下喜(あげき)駅へ。木造の駅舎が景色に映える三岐鉄道北勢線(さんぎてつどうほくせいせん)の終点だ。

「三岐 さんぎ」とは「重県」と「阜県」の意味だが、私はしばらくこのことに気付かなかった。じゃあなんで「三岐 みぎ」ではないのか? と疑問に思うのは私だけではないはずだ。

 

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駅の近くに「員弁川散歩道」というものがあるのを見かけたので歩いてみることにした。

 

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キンケイギク

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員弁川

 

印象的な黄色い花、キンケイギクが咲き乱れている。

左手には雄大な員弁(いなべ)川。

右手には見渡す限り広がる田んぼ。苗が植えられたばかりで空の鏡面になっている。

 

私の実家(つくば市)周辺も、このように呆れるほど田んぼが広がっているところだ。特にこの季節、景色は美しい。

 

鈴鹿セブンマウンテンの一つ、竜ヶ岳(Ep.11参照)も見える。

 

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竜ヶ岳

 

いなべ市にはこれまでも何回か訪れたことがあるが、とにかくこの町は自然が素晴らしすぎる!

いち早くSDGsの精神に呼応し、豊かな自然をいかした町づくりのコンセプトで積極的に移住も誘致している。この町に恋して移住してくる人がいるのも当然だろう。

 

 

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Inabe city in love

Ep.51

いなべ Inabe is the northernmost city of Mie.

They are proud of beautiful mountains, river, forest, village, rice field and agriculture.

 

Based on their great nature, they promote to migrate from urban area to here.

And also they were certified “fair trade town” for the first in this prefecture.

 

People cannot stop falling in love this city.

 

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www.inabe-nigiwai.jp

 

www.youtube.com

 

 

紫陽花 あじさい in かざはやの里

Ep.50

工場では必ず「緑地」を設ける必要がある。

そして「緑地面積」の割合というのが、工場敷地面積に対して定められており、四日市市のそれは「10%以上」というものだ(2020年4月時点)。

 

実はそれ以前は「20%以上」だったが規制が緩和された。

工場を保有する企業側にとっては、敷地内の生産設備をより拡張・更新できることを意味し、やがては収益の増大につながるわけだから喜ばしいことだ。

もちろん四日市市の行政にとっても、企業の収益増大が税収の増大につながるため喜ばしいことだ。

 

四日市市の歴史的背景を踏まえて、市民グループ規制緩和の条例に反対したものの、願いは聞き入れられなかった。

ただし、大多数の市民はこのニュースすら知らない。

 

 

話を戻す。

お昼休みに工場の社員が敷地内の芝生でキャッチボールやサッカーをして楽しんでいる姿を見たり聞いたりしたことがあるかもしれない。

なぜ工場内にだだっ広いグラウンドがあるのか?

というと、実は芝生は「緑地」に定義され、「緑地面積」をかせぐのに重要だからなのだ。

 

私の工場では、この緑地に芝生だけでなくさまざまな植物が植えられているが、この季節に最も感動するのは「紫陽花」の美しさだ。

 

それまでの約1年間、ほぼ目立っていないこの植物は、今年は5月中旬あたりから小さなつぼみが出始め(パセリみたいに見える)、徐々に色付き、花弁も大きくなっていき、6月第1週には完全に見頃を迎えた。

 

同僚たちはどうかわからないが、私は緑地の花を美しいと思う心の余裕も感性もあるので、この半月にわたり、毎日紫陽花を観察してきた。

 

(それにしても花は一年の決まった時期にほぼ一斉に咲く。彼らはその時期に咲くべきことを知っていて、今更ながらこれは本当に不思議だ。少し前はツツジだった。同時期にバラ。その前は桜、というように)

 

 

三重県における紫陽花の名所は、「かざはやの里」だ。

場所は津市の中心部から西側(内陸側)の自然豊かなところだ。6月初旬、見頃を迎えたことが新聞に載っていたため、期待を胸に初めて訪れてみた。

 

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額紫陽花もイイ

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想像を超える光景に思わず絶句した。

広大な丘に多様で大量の紫陽花が咲いていた。29品種7万7700株とのことだ。おとぎ話の世界だった。

 

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ヴィヴィッドな色もカッコイイ
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観光三重 HPより

 

「かざはやの里」は「かっぱのふるさと」という副名称?もついている。敷地内の「風早池」に河童が住んでいるので注意するように、との喚起がなされていた。

加えて「かざはやの里」は「伊勢温泉ゴルフクラブ」内にある。なので紫陽花鑑賞をしている人のすぐ近くで、パットを沈めるべく神経を集中している人たちがいる。

そして美しく咲き誇る紫陽花はコスプレイヤーたちの撮影被写体として心を動かすらしく、私は今回、綾波レイエヴァ)、炭治郎(鬼滅)、煉󠄁獄(鬼滅)、白髪の剣士(出典不明)などのキャラクターに出くわした。

 

こうして振り返ってみるとわけのわからない世界のようだが、とにかく紫陽花には圧倒された。ここは国内最大級の紫陽花の園であるに違いない。

 

 

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Hydrangea in かざはやの里 Kazahaya no sato

Ep.50

The Hydragea is the icon of rainy season.

 

This impressive and lovely flower excites me.

Since middle of June, I have observed it at the garden of the factory.

It was growing up and changing day by day.  At last it flourished.

It was awesome.

 

In Mie, かざはやの里 Kazahaya no sato is the best place to enjoy watching Hydragea.

When I visited there, it overwhelmed me.

 

There were plenty of Hydragea and various colors, 29 cultivar and 77,700 plants.

Not only pale colors, but deep purple and vivid red purple.

The sight was like the fairy tale!

 

www.kazahayanosato.com

 

 

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ローカルスーパーマーケット マルヤス編

Ep.49

近所にあって欲しいと思うスーパーマーケットのNo.1がマルヤスだ。

 

マルヤスは津市に本社を置き、中勢地域で展開しているローカルスーパーで、特に津市にある芸濃店に一度行ってしまうと、このようなスーパーが家の近くにできることを切望するようになる。

 

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マルヤス BASIC芸濃店

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店舗に入った瞬間にカラフルで麗しい果物コーナーに迎えられる。

鈴鹿市のマルヤス西条店でも同様の設計だった。

 

素晴らしい。

ほとんどアミューズメントパークだ。当然、購買意欲が湧く。

こういうところがドラッグストアやディスカウントストアとの差別化につながるのだ。

 

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寿司カウンターの入り口にはクマ

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木目調のフローリング、品がある。

日本のスーパーで生ハムが吊るしてあるのを初めて見た(1本丸ごと買う人はいるのだろうか?)。

シリアルの計り売り、充実のお酒コーナー、本格的な寿司カウンター、注文を受けてから焼いてくれるピザ、パン屋、カフェ。

 

スーパーで買い物を楽しめるとは、きっとこういうことだ。

通勤途中にあったら、きっと毎日立ち寄って何かしら購入してしまうだろう。

 

 

もし、お客さんが価格の安さを求めるなら、ディスカウントストアに行く。

食材にこだわりがなかったり料理にあまり関心がない人ならば、ドラッグストアですませるかもしれない。

一方で、食に関心があって生産者の方たちを応援したいと思うならば、「食べチョク」などの直販サイトを利用するかもしれない。

 

そう考えると、スーパーマーケットは中途半端な存在になってしまいかねない。

だから差別化をはかる必要がある。

 

けれども、ちょっとばかり品揃えを充実させて店舗内のヴィジュアルも美しく清潔にしただけではダメだ。

この県内に張り巡らされたイオン(Ep.8参照)やマックスバリュと同水準に過ぎないからだ。

 

じゃあどうするのか?

そこでマルヤスがたどり着いたのが、アミューズメントパーク化であり、グローサラント(グローサリーストアとレストランの融合)という形態なのだ(と思う)。

 

 

あらためて三重県のローカルスーパーを振り返ると(Ep.36, 38, 41参照)、どこも独自色を出していたことに気付く。

私は東京に10年以上住んだけれど、思い返すと「OKストア」や「成城石井」を除き、何の個性もないスーパーがほとんどだったと思う。

(東京はあまりにも人が多過ぎて集客に苦労しないから、真剣に差別化を考える必要がないのではないか? ただ出店すれば売れるのだから彼らは楽だ)

 

 

私自身は、これからもスーパーマーケットが買い物を楽しめる場であって欲しいと思う。

 

 

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Local supermarket マルヤス Maruyasu

Ep.49

Maruyasu is one of the local supermarket of Mie.

They have sushi bar, cafe, vivid fruits showcases, various alcohol, Jamón Serrano and so on.

It entertains us, like an amusement park.

How marvelous place is!

 

www.sapore.co.jp

usagism2000.theshop.jp

 

天皇杯 三重県大会決勝2021

Ep.48

サッカー天皇杯の戦いは、春先から既に始まっていることをご存知だろうか?

元日決勝が風物詩になっているこの大会は、最後の方まで残るのはJ1のチームだが、一回戦から登場するのは「都道府県代表」チームだ。

 

そして天皇杯本戦の前に、この都道府県代表を決定する戦いが全国各地で繰り広げられており、三重県の場合は、5/9に行われた決勝戦

 

鈴鹿ポイントゲッターズ vs FC. ISE-SHIMA

 

の勝者が本戦に駒を進めることとなる。

  

鈴鹿PGについては以前に記した(Ep.40参照)通り、現在JFL三重県から参戦している2チームの内の1つで、県内初のJリーグ入りを目指している。

 FC. ISE-SHIMA(FC伊勢志摩)は、JFLの一つ下のカテゴリー・東海社会人リーグ1部(地域リーグ)に参戦しており、簡単に言うと三重県内のサッカークラブの格付けでは「3番手」ということになる。

 

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JFLオフィシャルwebサイトより

 

FC伊勢志摩三重県南部・南勢地域をホームグラウンドとしており、JFL参戦、そしてゆくゆくはJリーグ参戦を目指しているチームだ。

興味深いことに選手たちの勤務先は三重県No.1ローカルスーパー「ぎゅーとら」(Ep.38参照)だ。

 

そして監督は小倉隆史氏。かつてレフティーモンスターと呼ばれたストライカーだ。

小倉監督の出身は鈴鹿市で、高校は三重サッカー界の強豪、四日市中央工業高校(よんちゅうこう)。

現役引退後も名古屋グランパスの監督をつとめたり、民放のサッカー番組のコメンテーターをつとめたりと精力的に活動する中、2017年、故郷・三重のクラブチームに招かれた。

 

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小倉隆史監督 Number Webより

 

私は三重県に住んでいるので、小倉監督やFC伊勢志摩の選手たちが「いじめ防止」を訴えて駅前で啓発活動をしていることもニュースや新聞を見て知っている。

 

素晴らしいことだと思う。ヒエラルキー頂点のA代表やJ1のチームがある一方で、小倉監督のような人と地域のクラブチームが、この国のサッカー界のすそ野を支えているのだ。

 

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FC. ISE-SHIMA HPより

 

天皇杯に話を戻す。

私はこの三重県頂上決戦をスタジアムで観戦するつもりだったが、コロナ禍により無観客試合になってしまった。。

しかしなんと、三重県ではNHK総合で生中継してくれるというではないか!?

やるじゃないか津放送局!

 

というわけでTV観戦した。

 

小倉監督とFC伊勢志摩にはがんばってほしい。

が、私は以前、鈴鹿PGの試合をスタジアムで観戦して以来、ミラ監督やFWエフライン・リンタロウ選手(7番)のファンになってしまい、以後も休日に家にいるときはYouTubeで彼らの試合をリアルタイムで観て(JFLでは動画配信がある)、応援してしまっているので、この試合も、鈴鹿PGを応援することにした。

 

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三重交通Gスポーツの杜 鈴鹿スタジアム 鈴鹿PG HPより

 

キックオフ!

序盤、(私の想像に反して)FC伊勢志摩が躍動する。パス回し、キレのある動き、球際の強さ。鈴鹿PGを圧倒する。

私はFC伊勢志摩の試合を観たのは初めてで、「格下」だという先入観が申し訳ないがあったから、正直戸惑った。彼らは強敵だった。

 

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FC. ISE-SHIMA HPより

 

テレビに小倉監督の姿が映る。顔は老けたかもしれないがヘアースタイルは当時から変わらない。精悍な顔つきも。

小倉監督は神妙に語っていた。

 

「僕は三重県で高校まで18年間お世話になりましたし、何か恩返しができたらと思っていた」。「鈴鹿さんは格上」と。

 

現役時代の実績ではこの日のスタジアムにいる誰よりも突出している小倉監督が、謙虚に語る。

 

前半の終盤の方になってくるとやや均衡してきたが、それでも鈴鹿PGは決定的なチャンスをつくれない。0-0で折り返す。

 

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FC. ISE-SHIMA HPより

 

後半、鈴鹿PGは徐々に自分たちの形ができそうになってきたが、それに伴いFC伊勢志摩の堅守が目立つようになってきた。

鈴鹿PGにとっては点を獲れなくてイヤな感じの雰囲気になっただろうか?

 

相手は格下(少なくとも周囲からそう見なされている)。守りを固められる。

準決勝では自分たちと同格のヴィアティン三重Ep.46参照)に延長0-0でPK勝ち。

その試合でGKがファインセーブ連発。という事実。

 

自分たちも同じように負けるのか?

という思いが頭によぎり始めても良い時間帯と試合展開だった。

 

 

するとここで鈴鹿PGのミラ監督が動く。

後半13分、なんと「3枚同時交代」かつ「FWの2枚同時替え」を行ったのだ。驚いた。

 

これがこの試合を劇的に変えることとなる。

 

交代で入った3選手の一人、FW遠藤純輝選手(11番)が、裏から飛び出しゴールに迫る。しかも短時間のうちに3度も同じチャンスを作る。

交代選手の特色や強みをいかす意図が感じられ、ゴールに迫るパターンに変化が見られる。

 

もはや誰の目にも試合の流れが鈴鹿PGにあることは明白だった。

 

そして後半23分、鈴鹿PGのコーナーキック

エフライン選手をはじめ、高さのある選手がニアサイドに配置される中で、ただ一人ファーサイドに残ったDF今井那生選手(26番)がドンピシャで合わせると、強烈なヘディングシュートがネットに突き刺さった。

 

ゴール!!

フラストレーションを吹き飛ばす爽快な先制点となった! 歓喜に沸く鈴鹿PG。

 

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今井選手 鈴鹿PG メルマガより

 

するとミラ監督がまたしても動く。

後半34分、最終5枚目の交代でエフライン選手をベンチに戻す。

前線のターゲットになりポストプレーに強みのあるエフライン選手の存在は1-0のリードを守りきるのであれば大きいはずだ。しかし彼に代えて新たに攻撃的な選手を投入するという。これでスタメンの3トップを全員交代して、交代選手も全員攻撃の選手ということになる。

1-0で逃げ切るよりも、2点目、3点目を奪いに行った方が、勝つ確率が高いとのミラ監督の読みだったか。

 

読みは面白いように当たった。

後半39分、前線でのボール奪取からMF海口彦太選手(8番)のミドルシュートにより2-0。

後半41分、途中交代ながら既に明白なマンオブザマッチ級の活躍をしていたFW遠藤選手のループシュートで3-0。

 

そして試合終了。鈴鹿PGが「三重県最強」の称号を手にした。

スコアこそ最後は差がついたが、鈴鹿PGにとって楽な試合ではなかった。

 

勝敗を分けたのは、個人的には、

監督の選手交代策による強引な流れの引き寄せと、

攻撃パターンの豊富さ、というところだろうか。

 

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鈴鹿PG Twitterより

 

試合前、ミラ監督はNHKのインタビューで語っていた。

 

「どんな相手でも勝ちに行く攻撃的なチームを目指しています。自分たちはディフェンスが得意ではなく、攻撃が好きな選手が多く、そうした選手を起用するのが私のスタイルです。」

 

 

かっこよすぎるぞミラ監督!

 

点がたくさん入ると楽しい。攻撃的なスタイルは見ていて面白い。

サッカーに限らず、団体球技における共通の理屈だ。

 

地域のクラブチームが人気を得るのは容易なことではない。

その手段の一つが「攻撃的なスタイルの確立」なのだ。

そのためにスペイン人指導者を招き、本国のメソッドを導入する。

 

そんな鈴鹿PGのクラブとしての姿勢を私は支持したい。

 

 

その後、鈴鹿PGは5/23に行われた天皇杯本戦でFC刈谷を撃破! 各地でも天皇杯一回戦が続々と消化された。

言い方は悪いが下々のものたちの戦いは終わりを告げ、天皇杯は二回戦へ。いよいよJリーグのチームが登場してくる。

鈴鹿PGの次戦の相手は、ヴィッセル神戸

 

母国の生きる伝説が所属するJリーグいちの金満クラブとの対戦だ。

 

だからミラ監督と鈴鹿PGが伝説を創るとしたら、まさにこの試合なのだ。

天皇杯ならではのジャイアントキリングに期待したい。

 

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2021年度 天皇杯 三重県予選 JFA HPより

 

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2021年度 天皇杯 三重県代表決定戦

 

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The Emperor’s cup  Mie prefectural tournament final 2021

Ep.48

The Emperor’s cup (The Japan football championship) has already begun since spring season. 

Mie prefectural qualifying held the final,

Suzuka point getters vs FC. ISE-SHIMA

 

Suzuka PG was introduced Ep.40.  They participate JFL and aim J-League.

 

On the other hand, FC. ISE-SHIMA participate Tokai region league which is lower category of JFL.  Their dream is also to be a participant of J-League.

Their head coach is Ogura Takafumi who is famous for a left-footed striker in his playing carrier.

 

I expect him and his club.

But I’m a big fan for head coach, Mila and the ace, Efrain Rintaro (No.7).

So I decided to cheer Suzuka PG in this game.

 

In the 1st half, FC. ISE-SHIMA was superior to slightly.

But Suzuka PG was gradually able to express their rich attacking performances.

 

At last 68min, Suzuka PG scored a goal in a corner kick.

And they added another 2 goals as middle and loop shoot.  3-0 was final score.

 

Suzuka PG won the championships of Mie, passed prefectural tournament and got the ticket to the Emperor’s cup.

 

 

Two weeks later since then, they defeated FC Kariya in 1st round.

So that their next game will be against Vissel Kobe from J-League.

 

I hope their big performance and giant-killing!

 

fc-iseshima.org

 

釈迦ヶ岳(鈴鹿セブンマウンテン 4/7)

Ep.47

4月下旬、鈴鹿セブンマウンテンの一つ、釈迦ヶ岳(1,097m)の登頂を目指した。登山口は菰野町の「三重県民の森」から朝明川(あさけがわ)を上流に行ったところだ。

 

まずは中尾根登山道で頂上へ。

 

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2時間弱で頂上に到着。東方向に開けた展望では、菰野町四日市の街なみ、その向こうに伊勢湾を望めた。

 

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昼食をとった後、下山を開始。帰りは猫岳(ねこだけ)、羽鳥峰(はとみね)を縦走して最後は朝明渓谷を下るコースだ。

 

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県境。道の右側が滋賀県

 

このルートはちょうど三重県滋賀県東近江市)との県境でもある。

県西部の伊賀エリアに住んでいるわけでもない限り、だいたいの三重県民にとっては、滋賀県が「隣の県」という意識や実感はあまりないのではないか。この「鈴鹿山脈」が両県の壁となっているせいで、幹線道路があったり、それによる活発な往来があるわけではないからだ。

 

というようなことをこの県境を歩きながら考えていると、これは滋賀に限ったことでもないように思えてきた。

 

というのも、岐阜県とは「養老山地」が、奈良県とは「台高(だいこう)山脈」が、和歌山県とは「紀伊山地」が三重との壁になっている。

山がなく、地上で唯一開けている箇所は濃尾平野と名古屋のところだけじゃないかとも思う。

 

以前、津市の「MieMu(三重県総合博物館)」に行ったとき、床に貼り付けてあった近畿地方衛星写真に思わず見入ったことがあった。

 

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MieMuの展示より

 

南北に長い三重県では、北部〜中部にかけての東側以外はすべて「山」だ。

(しかし上には上がいて、和歌山県奈良県では県全域がほぼ山だ。呆れるほど山だ。)

 

普段は特別考えもしない三重の山々や県境について思いを馳せた。

 

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山を歩くと、自然や景色は尊いものだという気持ちになる。

自分の住む街や地域への愛着にもつながる。

 

トータル歩行時間4時間弱で登山口に帰還した。

クルマに乗って、30分後には自宅でシャワーを浴びている。

ほとんど散歩の延長線上というのもまた魅力なのだった。

 

 

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釈迦ヶ岳 Shakaga-dake

Ep.47

釈迦ヶ岳 Shakaga-dake is one of the “Suzuka seven mountains”

On late April, I went to this mountain.

Trail was the prefectural border between Mie and Shiga.

 

I came up with.  Other prefectural border of Mie was like this.  Against Gifu, Nara and Wakayama..

Mie, how mountainous land is!

 

 

Achievement ;

Suzuka 7 mountains 4/7

 

ヴィアティン三重(サッカー男子チーム)

Ep.46

三重県から初のJリーグ入りを目指すチームの中で最も近い位置にいるのが「ヴィアティン三重」だ。

同じ県内の鈴鹿ポイントゲッターズ(Ep.40参照)が、ホームスタジアムの整備が間に合わず、まだJ3ライセンスを取得できていないのを尻目に、ヴィアティンは今シーズンのJFLで、簡単に言うと上位2チームに入ると自動的にJ3参入が決定する。

 

そもそもJリーグに参加するためには実力だけではなく、収益の安定性やスタジアムの整備が求められるが、最も難易度が高いのが「ホーム戦での平均観客動員数2000人以上」という条件かもしれない。

しかし昨2020年シーズンからコロナ禍によりこの条件が撤廃されている。

 

つまり地元でも知名度や人気の面で苦戦を強いられている県内の2チームにとって、現在、本当に、最大のチャンスがめぐってきているのだ。

 

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ヴィアティン三重は北勢エリアをホームとする総合型スポーツクラブで、バレーやバスケやハンドボールのチームなども持っており、「アルビレックス新潟」のような存在だ。

そしてその中でも中核を担っているのがサッカー男子チームなのだ。

「ヴィアティン」とはオランダ語で「14」を意味し、同国のスーパースター、ヨハン・クライフの背番号に因んでいるようだ。

 

 

私は自分が暮らす地域のスポーツチームを応援したいと思っている。

存在自体が尊いと思うし、自分とその土地とを結びつけてくれる。自分の街を愛することにつながるからだ。

 

4月下旬。私はシーズン開幕からいまひとつ波に乗れないヴィアティン三重を応援すべく、初めて観戦に訪れた。

ホームスタジアムは東員町(とういんちょう)にある「朝日ガスエナジー東員スタジアム(通称:アサスタ)」で、対戦相手は昨シーズンのJFL王者「ヴェルスパ大分」。

 

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まず、スタジアムの外観が凄くかっこいい!

チームカラーのオレンジが抜群に映えている。

加えて立地も良い。

隣には雄大な員弁川(いなべがわ)、背後には養老山地、周囲は田んぼ。大自然の中にあるスタジアムだ。

メインスタンドから真正面に一筋の直線として見えている高架橋は、2026年に完工が予定されている東海環状自動車道で、一足先に開通している大安ICと新四日市JCTを結ぶ区間

 

スタジアムの外でも飲食の出店が10店舗くらいあり活気がある。プロスポーツの興行感が出ており、この点は鈴鹿PGより先行している。

Jリーグ入りへ準備万端というところだ。

 

 

「ヴィアティーーーーーン、三重ッッッ! ドン・ドン・ドン」

 

と、数名のサポーターの声とドラムがゴール裏の芝生エリアから聞こえてくる。

感染防止のためか、音頭をとる方たちは遠く離れたところから応援している。

この日の717名の観客のうち、メインスタンドに陣取る大半のヴィアティンサポーターたちが手拍子で応える。

 

期待が高まる。いよいよゲームが始まる。

キックオフ!

 

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この日は風が非常に強く、両チームともにボールが足元におさまらない。ボールが暴れ回っている感じで、シャッキリしない時間が続く。

風上に向かって蹴るGKのゴールキックも、強烈な風に押し戻されてハーフウェーラインのはるか手前で落下する。

 

すると前半22分、自陣ゴール目の前という危険な場所にも関わらず、ヴィアティンのDFがボールをクリアしないでもたついていたところ、背後からの相手選手のプレッシャーに焦ったか、GKへのバックパスが失敗してオウンゴールを献上してしまう。唖然とするプレーでスタンドからため息が漏れる。

 

続く36分、ヴェルスパ大分コーナーキック。ゴールから逃げる方向のハイボールに後方から勢いよく突っ込んできた相手FWがドンピシャりで頭で合わせると、ミサイルみたいに強烈なヘディングシュートがネットに文字通り突き刺さった。このゴールは完璧だったためしょうがない。

ヴィアティンは前半を終えて2点のビハインドと苦しい展開。

 

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後半。ヴィアティンは引き続き風に苦しむ。

57分。風下の自陣ペナルティエリアに向かってバウンドしながら進むボールが強風により滑るように転がっていく。クリアのタイミングを損ねたヴィアティンDFの背後から狙っていた相手選手が前へ抜け出ると、飛び出してきたGKよりも前に足を伸ばしてボールに触れる。すると無人のゴールに吸い込まれていった。またしてもDFのクリアミスだった。

 

その後、調子が出てきた昨季王者は、余裕を持ってパスをつないだりドリブルを仕掛けたりと、シュートで完結する場面を何度も作る。

 

そのままタイムアップ。スコアは0ー3。

「三重からJリーグへ」の合言葉もむなしく、ヴィアティン三重の惨敗だった。

 

この試合、ヴィアティンの良いところは一つもなかった。

最後まで強風に対応できず、キックの強弱のコントロールを誤るため、ロングレンジのパスはまったく成功しない。なぜ何度も同じミスを繰り返しているのかとスタンドから観ている人間は思ったはずだ。技量が足りないのか。

Jリーグへの道はなかなか厳しいと思わせる試合となってしまった。

 

 

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ヴィアティン三重 Veertien Mie (Men’s Football club)

Ep.46

Mie has NO professional football club in J-League.

The closest team is Veertien Mie.

 

Their hometown is north region of this prefecture including Yokkaichi.

They aim total sports club, so that they have basketball, volleyball, handball team and so on.

 

V. Mie has already got the license of J3 which meant to owe big home stadium, achieve stable financial administration.

That’s why in this 2021 season, if they will first or second place finish, it promises J-League (J3) participation.

It is the biggest chance for them this year.

 

 

On the late April, I went to see their game in the stadium, 東員町 Tohin-cho.

Asa-stadium is surrounded by big river, mountains, rice fields and wonderful nature.

 

The opponent was Verspah OITA from Oita city, Oita prefecture who was a champion of 2020 season.

This day, it was very strong windy day.

 

V. Mie was suffering from this.

They could not do control the ball.  Trap, long pass, clearing the ball..

Players made such a mistake many times.

 

0-3 as final score.

V. Mie was defeated completely.

 

I was disappointed this result and poor performances.

Other supporters also must have felt so.

 

This let us know, how big challenging way to J-League.

 

 

www.veertien.jp

 

「犬がいた季節」

Ep.45

四日市を舞台にした伊吹有喜さんの青春小説「犬がいた季節」に地元が沸いている。

 

市の観光交流課は散策ガイドマップを発行し、市内最大書店の丸善では来店者の誰もが目につく場所に半年間にわたり伊吹有喜さんコーナーを設けて盛り上げている。

 

四日市で育った伊吹さんによる本作品は、2020年10月の出版以来大変好評で、翌2021年の本屋大賞で第3位になった。

 

本作の特徴は、四日市市内の実在の場所や名称を徹底的に登場させ、風土や空気をも描ききったところにあり、それが地元を狂喜させている要因となっている。

 

 

主人公たちが通う高校のモデルは、実際に三重県で最高の進学校である「四日市高校」(通称:しこう)だ。

作品中では「近隣の50の中学校のトップが集うため、彼らでも入学後は学年順位50番になり下がる」とあるように、俊才たちの高校だ。

 

読み進めていくと、高校生たちが早稲田大学東京大学東京工業大学三重大学医学部、に合格したと示唆される描写が出てきて、さすがだな、と思ってしまう。

伊吹さん自身も、しこうの卒業生だ。

 

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十四川の桜並木 右手に見えるのが四日市高校

 

私はこの小説を菰野図書館で予約してから半年間待ってようやく借りることができた(四日市図書館ではもっと長く待たされそうだったのでとなり街の図書館を利用した)。

私がこの作品を読んで感じたことは、以下の2点だった。

 

① 故郷を離れる決断をした人たちの物語

世代の異なる高校三年生たちの青春を連作で描いており、多くの作は「恋」と「進路」を主軸としている。彼らにとっての進路とは、

 

地元の大学に行くか、東京の大学に行くか

 

であり、また大学四年生にとっても、

 

東京に残って就職するか、地元に戻るか

 

という二者択一の「決断」を意味する。

 

四日市という土地と濃密に結びついたこの作品は、実は、故郷を離れる決断をした人たちの物語だ。

この観点に着目すると、彼らの父母世代、祖父母世代もまた、彼ら自身の故郷を離れる決断をしていたことがわかる。彼らの現在の状況は、過去に自身が下した決断に立脚したものだということがわかる。

 

私自身も大学入学に伴い地元の茨城県から上京し、そのまま東京で就職した人間だ。

大学や大学院時代の友人たちはだいたい自分と同じ境遇だし、現在の職場には単身赴任の同僚たちがたくさんいる。

そんな彼らとよく話をするのは、

 

自分はどこの街で働くのか

家族はどこに住むのか

実家はどうするのか

自分は最期をどこで迎えるのか

 

ということだ。尽きることのない話題といっていい。「犬がいた季節」にも、それが描かれているのだ。

 

著者の伊吹さんは本作品に対するインタビューでご自身の経験を語っている。

弁護士を目指して東京の大学に入学した後、四年生になって進路を決断する段になって、名古屋の法律事務所への就職が決まりかけたが、出版社で働きたいという自身のもう一つの夢をどうしてもあきらめきれなかったこと。その際にある恩人の方から、

 

「キミは人生の門出で泣いてはいけない。自分が決断した道を、堂々と歩んでいけばいいんだ」

 

という言葉に救われたこと、を涙ながらに語っている。

(個人的には作品よりもむしろこちらの方が感動する)

 

 

② 問われる「四日市レベル」

先に述べたように、この作品には実在の場所が非常に多く登場する。

このうち例えば、

 

近鉄湯の山線の高角(たかつの)駅の周辺の田んぼ道を、自転車で走る情景や、

自転車でミルクロードを南下して鈴鹿サーキットに向かう道中で、友情が深まることや、

石油コンビナートのフレアスタックを、ハートに火が灯る心情に重ねることや、

あすなろう鉄道のナローゲージが、二人の距離(物理的にも)を縮めることなど、

 

市内の各所を舞台装置として、非常に効果的に利用している。

 

上記以外にも、

カップラーメンよりも茹で上がるのが早いからという理由で、そうめんを好んで食べる大矢知(おおやち)出身の男の子や、

「来やんの?」という地元の方言に心がグラつく女の子や、小山田記念温泉病院での待ち合わせや、地元の進学塾・鈴鹿英数学院など、

 

そこまで登場させる必要ある??

 

というくらい徹底的に出してきている。

なので私は途中から、

 

これは伊吹さんからの挑戦状なのでは?

 

と思い始めた。問われているのは「四日市レベル」だ。

 

私は四日市で暮らし始めて一年半しかたっていないが、休日はチャリと車でこの街中を走りまわっているため、もはやこの街のことはだいたい理解している(と思っている)。

したがって実在の場所やちょっとした小ネタやニュアンスにも、ついていけた(と自覚している)が、一つだけ、知らなかったことがあった。

 

それは中央通り沿いにある老舗のたい焼き店「伊藤商店」で、ここのたい焼きは片面ずつ丁寧に焼き上げた後、重ね合わせるのだという。

後日、さっそく訪れてみた。

 

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焦げているところがいい! 表面はカリカリ、中はもっちり。あんこは潤沢。最高だった。

 

 

物語の最終盤、主人公の塩見優花が「うみてらす14」(Ep.19参照)の展望室からつぶやく言葉が印象的だったので、これを紹介して終わりにしたい。

 

『山でしょう、それから海。街と港に工場、全部が見える。ここからの景色が一番この街らしいと思うの。私たちはここで暮らして、大きくなったんだ』

 

伊吹有喜さんの四日市への溢れる想いがつまった小説「犬がいた季節」なのだった。

 

 

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犬がいた季節

Ep.45

A novel “犬がいた季節” gets a great review, especially by citizens in Yokkaichi.

Author 伊吹有喜 is from this city and the story is inspired by her high school life in the 90’s.

That’s why so many actual location and name are written in this novel.

This fact let local people delight so much.

 

This is the story about some people who have decided to leave or already left from their hometown.

On the other hand, this is a challenge to us, “How knowledge about Yokkaichi”.

 

 

犬がいた季節

犬がいた季節

 

 

www.futabasha.co.jp

 

鈴鹿のあられ

Ep.44

鈴鹿市の名産は「あられ」である。

スーパーのお菓子コーナーでは鈴鹿のあられが何種類も置かれている。

 

以前、水沢にあるかぶせ茶カフェを訪れたとき(Ep.25参照)、あられにお茶を注いで食べる、という体験をした。

 

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水分(お茶)に浸されたあられなので、ふにゃっ、としている。

牛乳に浸されたコーンフレークの食感と同じだ。噛んでいて心地良くはない。

 

コーンフレークの場合は、栄養が詰まってそう、という理由で納得して食べるが、あられの場合はもち米と油と塩のかたまりがふやけている、という以上の印象を抱かない。

お茶の中にあられを入れて食べる必然性は感じない。

 

店員さんによると、この辺りの地域では昔からそのような食べ方をするのだという。

 

うそでしょ? と思って後日会社の後輩(亀山市出身)に聞いたところ、

「子供の頃、おばあちゃんがあられを入れたお茶漬け作ってくれましたね!」

とのことだ。

 

「おばあちゃんが作ってくれた」と言われると途端に説得力が増すから不思議だ。本当にこの地域で食べられていたんだな。

 

言われてみると、永谷園のお茶漬けのもとに入っている、小さい黄色のやつ。あれはあられではないか?

と思い至る。私たちは普通に食べているのだ。鈴鹿のあられが奇特に感じるのはサイズが大きいからか?

 

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黄色のものは「あられ」 永谷園 HPより

 

いずれにしても、私はこの地域の人たちのあられの食べ方に挑戦してみることにした。

グランマの味を再現しているかは置いておいて、私の解釈でこの料理を再構築しようと試みた。具体的には三重県北部・北勢(ほくせい)地域の名産を集めて、それらを食材としたお茶漬けを作ってみた。

 

食材①:あられ

主役である「あられ」には、鈴鹿が誇る郷土の偉人、大黒屋光太夫Ep.43参照)の名を冠したものを選んだ。

 

食材②:せんべい

あられは良くてせんべいはダメという理由はないはずだ。ちなみに両者の違いとは、もち米でできているか、うるち米でできているかによる。

 

ところで私は黒柳徹子さんが好きなので、黒柳さんが書いた本はだいたい読んでいる。先日、一番最初に書かれたエッセイ(1973年出版)を読み返していたところ、本筋とはまったく関係ないところで、唐突に、黒柳さんの好物として、桑名のせんべい「たがねや」の名前が出てくることに気付いた。

さっそく桑名駅近くのお店を訪れてみた。

 

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おかみさんと思われる方が対応してくれた。

「あの、こちらのお店、黒柳さんのエッセイに出ていました」

「あー!はいはい。トットちゃん! じゃなくて、えーと、あの、ニューヨークに行くやつ...」

「はい。『チャックより愛をこめて』です」

「あぁ、そうでしたよね!」

 

とのことで、おかみさんもご存知のようだった。

黒柳さんは例えば日本橋三越などで「たがねや」のせんべいを入手してファンになったのだろうか?

いずれにせよ、70年代から既に「たがねや」の名声は東京にも轟いていたのだろう。

桑名市三重県が誇る、いやニッポン最高とも言えるこの高級せんべいを、私は食材に使ってみることにした。

 

食材③:たけのこ

桑名市の名産といえばハマグリ(Ep.31参照)だが、これを入れてしまうと主役が持っていかれるため自粛した。代わりとなるのは「たけのこ」だ。というのも、この辺りのスーパーでは桑名産のたけのこが必ず置いてあるのだ。

このたけのこを煮物にして、最後に醤油とかつおぶしを軽く絡めたものを用意した。

 

食材④:しぐれ煮

生姜を含む佃煮のことを「しぐれ煮」と言い、旧・伊勢地方の名産とされる。発祥は桑名市だ。お茶漬けのアクセントとして良さそうだ。今回はあさりのしぐれ煮を使った。

 

食材⑤:お茶

いうまでもなく四日市が誇る「かぶせ茶(伊勢茶)」を使用。

 

その他の食材:だし

このままでは旨みがないと考え、昆布・煮干し・かつおぶしでとっただしを用意。お茶/だし=4/1 としたものをかけることにした。

 

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このようにして完成したのが以下のものだ。

 

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お茶漬け 北勢スペシャ

<食材>

 ・鈴鹿のあられ(鈴鹿市

 ・「たがねや」のせんべい(桑名市

 ・たけのこ(桑名市

 ・しぐれ煮(松阪市

 ・かぶせ茶(四日市市

 

 

というわけで食べてみる。

まず、たけのこと海苔の香りが素晴らしい! 食欲がそそられる。

 

続いて主役のあられ。

 

・・・やはり、ふにゃっとしている。思いっきり吸水しているからだ。

せんべいも同様だった。これではせっかくの「たがねや」の食感と濃厚な醤油味が無になってしまっている。

しぐれ煮はその実力を見せつけてきたが、全体の調和の中では浮いていた。

 

結果、ふやけたあられのインパクトはやはり強く、お茶漬けに入れて食べるという必然性も感じるには至らなかった。

 

 

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あられ Arare

Ep.44

Suzuka city has their specialty, あられ Arare.

Arare is a small piece of salty cracker made from glutinous rice.

 

I heard people of this region eat it as one of the ingredients of 茶漬け Chazuke.

This fact made me upset.  I felt Arare must absorb water(tea).  Where was such comfortable crispy texture??

 

I tried cooking this cuisine.

Not only Arare, but some specialty of north region of Mie (Hokusei area), as ingredients of Chazuke.

Senbei (rice cracker made from non-glutinous rice), Bamboo shoot, Shigureni (Tsukudani with ginger) and Kabuse-cha (Ise-cha).

 

I completed “Chazuke special present from Hokusei area”.

 

Let’s eat it!

Ummm...  Arare and Senbei absorbed tea as expected!

I have to say, this is NO good..

 

チャックより愛をこめて (文春文庫)

チャックより愛をこめて (文春文庫)

 

 

www.taganeya.com

 

漂流 from 三重

Ep.43

地方ではしばしば「郷土の偉人」を顕彰した資料館や記念館がある。

 

歴史の教科書に登場するほどの人物ではあるものの、ドラマで繰り返し描かれるほどの存在でもない。他県出身者にとってはあまりよく知られていない。(そして残念ながら地元の人にとってもあまり知られていなかったりする..)

 

そんな彼らの驚天動地の人生を、功績を、充実の時代背景と実資料とともに伝えてくれるのが前述のような施設だ。

 

鈴鹿市の白子にある「大黒屋光太夫記念館」もその一つだ。

 

 

「1792年、ロシアの遣日使節ラクスマンが、漂流民の大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆうや)らとともに根室に来航し、江戸幕府に通商を求めた」

 

というような記述が、中学校の歴史の教科書に載っていたはずだ。

 

もちろん、このときの幕府はロシアの求めを拒否。ペリーの黒船が来航して渋々「開国」することになったのは60年後のことである。

大国による世界的な植民地政策が日本にも波及し、国を開くことが外国の属国になるリスクを孕むことを徳川幕府は恐れていた、という事実と、後の日米和親条約の締結と「開国」の伏線になった、という歴史の文脈の中で上記が特筆すべき出来事だったとされているのだろう。

 

 

大黒屋光太夫記念館を訪れると、教科書の一行では到底窺い知れない驚愕の事実を学び、想像の翼(妄想の翼?)を広げて壮大な物語に思いを馳せることができる。

 

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大黒屋光太夫は1751年、8代将軍・徳川吉宗が亡くなった年に鈴鹿に生まれた。

貨物を運搬する回船の船頭だった光太夫は1782年、江戸に向かうために白子(伊勢型紙の発祥地。Ep.26参照)から16人の船員とともに出港した後、嵐にあう。

転覆を防ぐために帆柱を切り倒したことで、漂流。

 

漂流期間、実に7ヶ月!

漂着先はベーリング海のアムチトカ島。アラスカとカムチャッカ半島を繋ぐ弧状のアリューシャン列島の島の一つだった!?

 

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紀州藩の米を積荷としており、ある程度大型の船だったことが幸いして、即座に命の危険が差し迫る、という状況にはならなかったのだろう。

それにしても7ヶ月間、光太夫はリーダーとして部下たちにどのように振る舞ったか。船員たちの規律は保たれたか。彼らは何を想い、語らい合ったか。

 

着いた先は地の果てのような場所。

先住民であるアリュート族とロシア人に出逢い、彼らと生活をともにする過程で光太夫はロシア語を習得。この過程で船員17名のうち、12名が亡くなる。

漂着から4年後、本国からロシア人を迎えにきた船が直前で沈没。

悲観に暮れる暇もなく島のロシア人たちと協力して船を造り、アムチトカ島を脱出。カムチャッカ半島へ。

 

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しかしまだ日本には帰れない。

帰国許可をロシアの役人にもらうため、シベリアの中心地・イルクーツクへ向かう。

当然、この時代にシベリア鉄道など無い。犬ぞりを駆使して移動する途上、仲間の一人が凍傷にあい片脚を切断。

 

そして到着先のイルクーツクで出会ったのが、牧師で鉱物学の研究に情熱を傾けていたキリル・ラクスマンだった。

 

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キリル・ラクスマン wikipedia HP より

 

心優しい彼は光太夫たちを自宅に招き事情を聞くとともに支援を惜しまず。

実はキリルの出身はフィンランドのサヴォリンナ市で、彼が5歳のとき、故郷はロシア領になってしまっていた。

故郷を離れて遠い異国で暮らすことになった自身の境遇が、彼らに深く同情を示した背景にあっただろうか。

 

地元政府から首尾良い返事をもらえなかった光太夫らとキリルは、ロシア皇帝・エカテリーナII世に直接嘆願すべくペテルブルグへ向かう。

通常だったら決して交わることのなかった彼らの奇跡の出逢いと、国籍や民族を超えた友情に心が温まる。

 

無事、時の皇帝に謁見できた彼らは、皇太子・貴族・政府高官らに想定以上に厚くもてなされる。驚異の体験を経てロシアの首都までたどり着いたことに敬意を評されてのことだったに違いない。

 

このとき光太夫は皇帝から大きな円形のプレートが付いた首飾りを送られたが、これは当時のロシア国内のどの地域にも行くことができるフリーパスだったらしい。

 

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大黒屋光太夫(左)と磯吉(右) 大黒屋光太夫記念館 HP より

 

ようやく帰国の許可が降りた光太夫たちは、再びイルクーツクへ戻る。

このとき、2名は現地に残ることを選択し、光太夫を含め3名が帰国の途につくことになる。

涙なしには語れない今生の別れだったに違いない。

現地に残った2人は、その後どんな人生を歩んだだろうか。

 

ロシアはこのとき、光太夫らの送還と日本との国交樹立を目的とする遣日使節を編成し、その団長をアダム・ラクスマンに任命した。キリルの次男だ。

「ロシアの父」と慕ったキリル・ラクスマンとの今生の別れもこのときだった。

 

そしてこの後が、教科書で出てくる場面となる。

 

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アダム・ラクスマン wikipedia HP より

 

太夫たちはとっくに亡くなったと思い、お葬式まで済ませていた地元・鈴鹿の人たちは、生存と帰国のニュースに驚愕したに違いない。

 

根室で1名が亡くなり、江戸に到着したのは光太夫と磯吉の2名だけだった。彼らは11代将軍・徳川家斉に謁見。そのまま江戸に留め置かれた。

外国のことを口外しないように幽閉されたとの解釈もあるようだが、間違いなく言えるのは光太夫がリーダーとして、ロシア語話者として、海外事情通として非常に優秀で幕府から重宝されたということだ。

 

1802年(帰国から10年後・漂流から20年後)、故郷への一時帰郷が許された光太夫は、地元の人たちとの再会やお伊勢参りを楽しんだようだ(磯吉もそれに先んじて一時帰郷している)。

平穏な暮らしを取り戻した後も、彼らは亡くなった13名やイルクーツクへ残した2名の仲間、命の恩人・ラクスマン親子のことを想い続けたに違いない。

 

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太夫がロシアで描いた日本地図

 

大黒屋光太夫の人生に想像の翼を広げた人たちは他にもおり、井上靖の小説『おろしや国酔夢譚』(1966年)、緒形拳さん主演の同名映画(1992年)や三谷幸喜氏作の歌舞伎『月光露進路日本 風雲児たち』(2019年)などがあるようだ。

 

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記念館の裏手にある海沿いに立ってあらためて彼らの漂流に思いを巡らした。

 

伊勢の、鈴鹿の、白子の小さな港を出て、向こうに見える陸は知多半島で、伊勢湾を抜けて遠州灘を走ればもうすぐそこに江戸があるのに、漂流して意図せずしてベーリング海の孤島に辿り着いたという事実。

 

最大級の勇気と知恵とエネルギーを持って、壮大な旅路の果てに再びこの地に戻ってきた彼は、まさに郷土の偉人なのだった。

 

 

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Drift from Mie

Ep.43

We can sometimes see the memorial museum of hall of fame.

大黒屋光太夫 Daikokuya-Kohdayu museum in Shiroko, Suzuka city is one of them.

He is a famous man for Japanese history and his name is described in history textbook of junior high school.

 

Daikokuya-Kohdayu was born on 1751, Edo period and a captain of transport ship.

In 1782, he and his 16 crews drifted due to heavy storm on the way to Edo (Tokyo).

 

Their drifting period was 7 months!!

To Amchitka island, one of the Aleutian islands on Bering Sea!!

 

They encountered Russians and Aleut people there.

After for 4 years life at the island with them, they were succeeded in going out due to craft a ship by hand-making.

 

They landed at Kamchatka Peninsula next, nearby Hokkaido, Japan.

Unfortunately, Russia and Japan did not have diplomatic relations at that time.

So that they needed the approval to go back to Japan.

 

But city governor denied it.  They intended to make them stay there.

At last Kohdayu went to Petersburg to see the Russian emperor Yekaterina II Alekseyevna for their petition.

It was succeeded.  The emperor gave hospitality to them and the approval.

 

In 1792, Kohdayu and other one crew could land at Hokkaido finally with Russian ambassador Adam Laxman.

Actually Russia hoped the commerce with Japan.

 

This incident gave Tokugawa government severe shock.  They were scared of Russian invasion.

This was a prelude.  60 years later they finished the isolationist foreign policy and concluded Japan-US treaty.

 

After coming back to Japan, Kohdayu lived in Edo and helped government by his rich information for oversea and Russian language.

 

His courage, wisdom and energy deserve the biggest respect.

He is true proud of this region, Mie.

 

suzuka-bunka.jp