Ep.170
地方に住んでいると芸術や美術にアクセスできる機会が少ないかと言われるとそうではないと思う。
公設・私設問わず美術館は全国に張り巡らされている。
国立西洋美術館や奈良国立博物館のような大物はないかもしれないけれど、むしろその地域に根ざした常設展示を持ち、小回りを効かして魅力的な企画展を催している地方の美術館を巡るのも面白いだろう。
菰野町にもひそやかに佇む地域の美術館がある。「パラミタミュージアム」である。
2003年に開館したこの私設美術館は、岡田文化財団が運営している。
この地で「岡田」と言ったら説明不要であるが、小売業国内最大手イオン(AEON)の創業家の岡田一族のことである(Ep.8参照)。
現在の岡田文化財団の理事長は岡田卓也氏で、現イオン社長の岡田元也氏のお父さんだ。
財団の目的は「三重県の芸術文化振興に寄与すること」とのこと。
芸術を鑑賞する機会の提供や、県内の伝統産業を担う人材の育成もビジョンに掲げる。
最近(23年2月)では三重県内に桜の苗木を5,000本以上寄贈し、桜の名所を創る試み「さくらプロジェクト」も始めた。
ビジネスで財を成し、それを持って故郷に恩返しする。
なんて素晴らしいのだろう。
「パラミタ Paramita」は当該美術館の常設展示である池田満寿夫氏の「般若心経シリーズ」より、梵語の「パーラミター 波羅蜜多」にちなむらしい。
迷いの世界である現実世界から悟りの境地である涅槃の世界に至ること、とのことだ。
23年2月には「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」展が開催されていた。
川瀬巴水(かわせはすい)は1883年生まれの版画家・浮世絵師で、日本全国を旅して各地の風景を抒情的に描いた。
私は恥ずかしながら知らなかったが、海外では葛飾北斎、歌川広重とともに「3H(スリーエイチ)」と称されているらしい。日本よりも海外での方が人気があるという。
当該企画展では日本各地の、朝鮮半島の情景までも鑑賞できた。
富士山や城や桜をバックにした「いかにも日本」という構図のものがある一方で、雪の平泉や夏の金沢、木曽の夜雨や京都の夕暮れなど、うら寂しい風景も描かれている。
版画特有の質感や色合いがいい。
ところで版画や浮世絵というけれど、絵を描く人(浮世絵師)と版を彫る人(彫師)、摺る人(摺師)は別であり、分業されているということも初めて知った(今まで考えたこともなかった)。
巴水や北斎、広重のように後世に名を残す人は浮世絵師であるが、彫師と摺師の高度な技術があってこそ優れた作品になるのである。
ところで故スティーブ・ジョブスは川瀬巴水作品のコレクターであったことが最近明らかになった。
Apple創業者が銀座の画廊に作品を買い求めに訪れたのは1983年のこと。以降、2003年まで、来日した際は必ず足を運び、トータルで43点購入したという。
ジョブズ氏が選んだ作品は「外国人が好む異国情緒あふれる風景ではなく、むしろ地味で寂しい風景を好み、色彩も暗めでモノトーンのグラデーションのものが多」かったとのことだ。(公式図録より)
パラミタミュージアムで川瀬巴水の存在を知り素晴らしい作品群に出会えることができた。
このような機会を提供してくれる美術館のおかげであった。
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The Paramita Museum
Ep.170
The Paramita Museum is located in Komono city.
This private tiny museum has been established by Okada foundation since 2003.
Citizens have a chance to touch with art in their hometown.