Ep.154
22-23シーズン、リーグワンDivision2のレギュラーシーズンを2位で終えた三重ホンダヒート。
続くDivision2内の順位決定戦も2位で通過した彼らは、いよいよDivision1のチームとの入替戦に駒を進めた。相手はDivision1のレギュラーシーズンを11位で終えた「NECグリーンロケッツ東葛」である。
今シーズンのヒートにとって最大の目標、悲願のDivision1昇格に向けたクライマックス。
5/5にホームの鈴鹿で迎えた第1戦は、34-25で勝利。
昇格に王手をかけたヒート。
第2戦に勝利することで文句なしの昇格だ。
両者の実力は互角。
5/13に敵地・柏の葉スタジアムにのりこみ、“最終決戦”が行われた。
<現代ラグビーにおける最重要ポジション “LO ロック”>
日本代表の南アフリカ撃破で盛り上がった2015ラグビーW杯。(Ep.89参照)
大会を終えた後、この大会で3勝を挙げたジャパンの「MVPは誰か?」
という声がファンの間であった。
主将、リーチ・マイケル
いや、エディ・ジョーンズ監督に決まってるだろ!
など。
しかし私の考えでは、トンプソン・ルーク以外ありえなかった。(Ep.98参照)
彼はトライを取った訳でも派手な活躍をした訳でもなかった。
しかし、ラインアウトのジャンパーとして空中線を制し、スクラムでは第2列として支え(この部分は外から見る人間にとってはブラックボックスだが..)、チョークタックル(相手を倒さずに立ったままでボールに絡む。身体の大きな選手だからこそできる技)で相手に脅威を与え、80分間走り続けた。
この選手の業務量というのは大変なものであり、彼こそがチームで最も活躍していることは明白だと思ったのだ。
大会後のラグビーマガジンのW杯特集号を読んでいるとき、まさに「日本代表のMVPは誰か?」という問いに対する読者の意見を載せたページがあった。
すると驚いたことに、ラグビーマガジンの読者からもMVPとして最も多くの票を集めたのはトンプソン・ルークだった。
にわかラグビーファンがこのような企画に意見をよせるはずがない。
声を届けたのは、毎月ラグビーマガジンを購入しているようなコアなラグビーファンたちだろう。
「やっぱりラグビーマガジンを読んでいる人たちはよく見ているな」
と感心した。(そして私の“見る目”も間違っていなかったな、と思った)
そうなのだ。LO ロック(4番、5番)というポジションは、計り知れないほど大きな影響をチームに与える。
私は2014年にワールドラグビーの年間最優秀選手にブロディ・レタリック(204cm)が選ばれたあたりからそう思い始めていたが、2015年のトンプソンの活躍で確信したことがある。
現代ラグビーで最も重要なポジションはロックである。
ロックの選手の特徴は、まずチームで一番の長身選手であることが挙げられる。
インターナショナルレベルでは200cm超えが求められ、196cmのトンプソンでも「小さい」と文句を言われる可能性すらある。とんでもない話だ。
強豪国のロックというのは大体が身長200cm以上、体重115kg以上の選手たちとなる。
身体が大きすぎて、普通だったらしゃがんだり立ったりすることすら大変だと思うが、彼らは試合中、走って、飛んで(ラインアウト)、寝て(タックル)、はたまたHOとPRの太ももの間に顔を入れて肩で彼らのお尻を押したり(スクラム)、というようなことをしながら対人でのフィジカルバトルをも80分間続けている。
脅威の人間たちである。
ところで私が高校ラグビーをしていた2000年代初頭、当時ブームだったPRIDEやプロレスにジャイアント・シルバ(230cm。ブラジル)とジャイアント・シン(230cm。インド)というレスラーがいた(正真正銘230cnだったかは不明)。
私は彼らがラグビー選手に転向し、二人でロックのコンビを組めば最強なんじゃないだろうか? と真剣に考えたことがあったが、今思えば、ラグビーに対する洞察力・考察力の点で浅はかだったと言わざるを得ない。
「走れない230cm」がロックにいたところで、まったく役には立たないだろう。
なぜかと言うと、これは勘違いしがちなことでもあるが、ラグビー選手にとって(インターナショナルレベルの選手においても)、求められる最も重要なスペックは「身体のサイズ」ではなく「走力」だからだ。
都合の良い日本語があるから「走力」と表しているが、具体的には、絶対的なトップスピード・俊敏性・スプリント回数・ランニングスキル・持久走の能力、といったものだ。(Ep.54参照)
言うまでもなく、200cm超え、115kg超えの世界のロックたちはこれらの能力を備えている。
大前提としていわゆる“アスリート的”な選手でないとダメだ。アスリート Athleteとは本来、陸上競技選手という意味だ。
<ホモサピエンスの到達点 2019W杯スプリングボクスのロック陣>
このときのロック陣を振り返ってみよう。
LO エベン・エツベス 203cm(15-16シーズンはNTTドコモレッドハリケーンズに所属)
LO ルード・デヤハー 206cm(22-23シーズンは埼玉パナソニックワイルドナイツに所属)
LO RG・スナイマン 206cm(17〜20シーズンまで三重ホンダヒートに所属)
LO フランコ・モスタート 200cm(20シーズンから三重ホンダヒートに所属)
FL ピーター・ステフ・デュトイ 200cm(21シーズンからトヨタヴェルブリッツに所属)
なんと5人のプレイヤーが200cm超えであった。
FLのデュトイは元々ロックだったがあまりにも走れるものだからFLフランカーになった(2019年のワールドラグビーの年間最優秀選手)。
大会中は、エツベスとデヤハーがスタメン、スナイマンとモスタートがリザーブで出てくるというパターン(デュトイはフル出場)だったから、常に200cm超え選手が3人フィールドにいる状態だった。
「走れる200cm選手」を数多く揃えられたこと。そして優勝を果たせたこと。
私はこれは快挙だと考えている。
ホモサピエンスにとっての、である。
バレー選手やバスケ選手も200cm超え選手はたくさんいるじゃないか、と言われるかもしれない。
しかし、試合中ほとんど走らないバレーやフィールドが小さいバスケとは、ラグビーは根本的に異なる。
80分間広大なフィールドを駆け回る走力。
跳んで、押して、フィジカルバトルをする体力。
一試合におけるエネルギー消費量・消耗度は他競技の比にはならない。
ラグビー選手とは、とてつもなく過酷なことをしている人たちなのである。
人間の限界域を拡げた2019年のスプリングボクス。それはホモサピエンスにとっての、一つの到達点と言えた。
<フランコ・モスタートの献身>
現在の三重ホンダヒートにも200cm超えのロックがいる。前述のフランコ・モスタート選手(20シーズン〜)である。
スナイマン選手も17〜20シーズンに在籍していたから、なんとヒートにはこの6シーズンに渡ってスプリングボクスのロックがいることになる。
そんな彼らがチームを強力に支えたことは明白である。
モスタート選手はヒート在籍3年目。この間、チームにマイボールラインアウトの安定感をもたらし、相手ボールラインアウトでは脅威を与え続けている。
今年4月に配布されたファンクラブ会員向けの広報誌にて、モスタート選手はインタビューで述べていた。
「スプリングボクスのコーチ陣は毎週、鈴鹿の試合を観ている。僕のパフォーマンスをチェックしている」
と。
日本プロラグビーの2部リーグの、鈴鹿という地方の小さな街から発信される活躍が、世界へと、「W杯連覇」という彼自身の夢へと繋がっている。
W杯前のシーズンという区切りの良さも考えると、本22-23シーズンは彼にとってヒートでの集大成と言えるかもしれない。
<第2戦>
冒頭の話に戻ろう。
最終決戦。雨の柏でキックオフ。
ヒートのロックの先発はモスタート選手(5番)とヴィリアミ・アフ・カイポウリ(ヴィミ)選手(4番)。先の回(Ep.145参照)でも述べたが、この2人のロックコンビはDivision2最強だろう。
ヒートは前半10分、FBトム・バンクス選手(15番)が早くも負傷退場することになってしまったが動じない。
交代して入ったFBダーウィッド・ケラーマン選手(23番)が先制トライを挙げる。
グリーンロケッツはマイボールラインアウトに苦戦。モスタート&ヴィミコンビにプレッシャーをかけられている。
前半を終えてヒートが10-0でリード。
昇格に向け、とうとう最後の40分間となる。
力強くゲインするヒートのWTB藤田慶和選手(14番)。東福岡→早稲田大→パナソニックワイルドナイツのキャリアはラグビーエリートそのものであり、早稲田在学中の2015W杯では日本代表に選出され、アメリカ戦ではトライも獲った。
そんな男が今シーズンからヒートにやって来た。
鈴鹿から、Division2のチームから、再出発を誓う男がチームの勝利のために走る。
もう一人、CTBクリントン・ノックス選手(13番)の突進も心強い。
後半23分、ヒートのSOケイレブ・トラスク選手(10番)がPGを決めて13-5。
仮に1勝1敗でも2戦合計の得失点差で競われるため、ヒートとしてはこの試合で6点差以上で負けなければOK。つまりこのスコアから多くても14点を失わなければ良い。
歓喜は確実に近付いているように見えた。
しかし直後の後半24分。トラスク選手がシンビンで10分間の退場になってしまう。
少しイヤな空気になりつつある中、ヒートにとっては更なる事態が襲う。
相手チームの、“ある選手”がその情熱の全てを燃えたぎらせ、持てる力の全てを出し尽くさんとしていたためだ。
ラスト15分間。
三重ホンダヒートの前に立ちはだかったのは、19シーズンまで共に戦った仲間であり、現在ではグリーンロケッツの主将となったFBレメキロマノラヴァ(15番)であった。
<Division1入りへの“門番” レメキロマノラヴァ>
この試合の開始前、私はレメキ選手を見て、これまで見てきた彼とは「面構え」がまるで異なることに驚いていた。
険しく、精悍な顔は“闘将”と形容するのにふさわしいものだった。
FBからライン攻撃に参加してくる彼はヒートにとってはただ脅威でしかなく、私は
「レメキにボールを持たせないでくれよ」
と思っていた。
そんなレメキ選手は後半30分、相変わらずの無双のスピードと強靭なフィジカルを持って突進。
トライを奪ってみせた。
そして直後のコンバージョンキックも、難しい角度からなんと自身が蹴って成功。
ゲームの流れはグリーンロケッツに移った。
私はレメキの八面六臂の活躍に圧倒されていた。タッチキックもプレースキックも担当は彼だ。
2019W杯のときは、WTBとして誰よりもゲインしてくれたレメキ。WTBに求められる役割は究極的に言うと「ボールを持って前に走ること。トライを獲ること」だけである。他のどのポジションよりも明確でシンプルだ。
代表ではそんな「シンプルな役割」を与えられて大活躍したレメキ。
その一方で、所属クラブではキックやリーダーシップを初め「多くの役割」を与えられていた。そしてまた、その全てを脅威的な質の高さでこなせてしまう。
日本代表に選ばれるような選手というのは、改めて異次元の万能性を有していると言わざるを得ない。
試合残り9分でヒートが13-12。
もしグリーンロケッツに1トライ1ゴールを許してしまえば13-19。ちょうど6点差であり、昇格の夢は絶たれる。
あまりにも出来すぎな極限のシチュエーション。
ヒートにとってレメキロマノラヴァとは、Division1への“門番”なのか?!
その後も勢いは完全にグリーンロケッツ。
ヒートは何度も深く攻め込まれるが、例えば後半35分、自陣ゴール前で日比野壮大選手(3番)が “スーパー・ジャッカル”を発動してピンチを凌ぐ(このプレーで負傷退場)などトライラインを破らせない。
そして後半39分30秒。ヒートは中央の安全エリアでマイボールスクラム。
「これで勝ったな」
と思った私だったが、ここで信じられないことが起こる。
ペナルティを犯し、相手ボール。試合時間残り30秒。
レメキのタッチキックでゴール近くへ持っていかれてしまった。
「何やってんだよ!」
と私は声を荒げていた。
ここで投げ入れられたボールは、、、なんとヒートの最前列にいたFLテトゥヒ・ロバーツ選手(19番)がカット!!
タッチに蹴り出してノーサイド!!
三重ホンダヒート、悲願のDivision1昇格が叶った瞬間だった。
ラストワンプレー、モスタート選手とヴィミ選手、LOコンビのプレッシャーが活きた。
この試合、グリーンロケッツはずっとマイボールラインアウトのキープに苦戦していたからだ。彼らが投げ入れる場所の選択肢は、着実に限られていたのだ。
プレイヤーオブザマッチにはヒートの主将・FL古田凌選手(7番)。
比類なきファイティングスピリットを持ち、刈って刈って刈りまくりタックルマシーンと化した男の受賞だった。
本当に、魂が震えるような試合だった。22-23シーズン、リーグワン全試合を通じてもベストゲームだと思う。
(実質この一試合のためにJ-Sportsラグビーパック¥1,980月額を払った価値があった)
来シーズン、W杯後には世界のスーパースターも続々リーグワンにやって来ることだろう(大物の移籍は一部既に発表されている)。日本と世界のラグビースターたちが、鈴鹿で観れるのだ!
一方のグリーンロケッツ。
レメキ選手は涙でファンに謝罪。その姿は痛切以外の何物でもなかった。
私は2002シーズンのNECを思い出していた。
リーグ戦では歯が立たなかったサントリーを相手に、日本選手権決勝で見事なリベンジ。
ビッグプライズを起こし初の日本一に輝いた箕内拓郎主将率いるあのチームを。
私はこの試合を扱った20年前のラグビーマガジンの見出しと記事内容をも憶えている。
そこにはこうあった。
「人間はどん底から這い上がるときのエネルギーが最強」
NECグリーンロケッツ東葛とレメキ選手の、来シーズンからの再起も願っている。
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Rugby Mie Honda HEAT vs NEC Green Rockets Tohkatsu
Ep.154
For Mie Honda HEAT, it was the significant match to go to Division 1 of Japan Rugby League ONE.
They defeated NEC Green Rockets Tohkatsu as 13-12, therefore finally did it!!
Franco Mostert, Furuta Ryo and Fujita Toshikazu showed emotional performance for their victory.
On the other hand, I was impressed Lemeki Lomano Lava’s fighting spirit!
This must be the soulful marvelous match for each fans.
HEAT has achieved their biggest mission in these 2 seasons.
In next 23-24 season, I look forward to seeing their fight against more strong teams of Division 1.