みんなの笑顔が三重(みえ)てくる Jima-t’s diary

「地域性」に光をあて、「違い」を学び、リスペクトし、楽しむというスタンスで四日市や三重の魅力を伝えていきます

全日本大学駅伝 2024

Ep.228

日市の「」は区の「」。

全日本大学駅伝の話である。(Ep.121474127180参照)

沿道観戦は私にとって毎年の恒例行事。今年は11/3(日)に行われた第56回大会である。

 

日本陸連 HPより

 

今年は前年の覇者で実に5連覇を狙う駒澤大学

前哨戦の出雲駅伝を制した国学院大学

年初の箱根駅伝を制した青山学院大学

が3強とされていた。

 

出雲駅伝 アンカーでゴールテープを切った平林清澄 日刊スポーツより

 

優勝争い以外に目を向けると、立教大学が全日本初出場というのが話題である。

数年前より本格的に強化を開始した古豪は近年、着実に実力をつけて箱根駅伝にも22年シーズンに出場。18位という成績を残した。

しかしその一年後(23年秋)、激震が走る。当時の監督が前代未聞の不祥事を起こし解任されたのだ。

 

その監督とは、もちろん上野裕一郎である。

 

上野裕一郎中央大学時代) 日本テレビより

 

彼のことは以前このブログでも取り上げた(Ep.14参照)。

1985年度生まれの「日本長距離界の四天王」。(嗚呼、懐かしい。今この呼び名を知っている人は少ないだろう)

その四天王の中でも筆頭格であった男だ。

私は上野の現役時代をよく知っているし、好きだった。キャラクターとして面白すぎるのだ。

 

ある大学駅伝ではタスキを渡した後、

「俺らが勝つぞぉぉぉっっ!!」

と絶叫して道路にぶっ倒れたり、

 

2009年の世界陸上5000mでは、

「スピードだったらベケレにも負けない」

と発言して初期の数周は先頭を走ったり。ケネニサ・ベケレのこと。当時の5千、1万mの世界記録保持者であり現役五輪王者であり絶対王者。同レースで上野は最下位で予選落ち)

 

これだけだったら陸上ファンからただの「ネタ」として扱われるエピソードであり人物かもしれない。が、その突出した実力の高さは万人が認めるところであり説明不要のものだった。

だからこそ、最高に面白い選手だったのだ。

 

上野裕一郎(2009国際千葉駅伝での日本代表時代) 日本陸上競技連盟HPより

 

そんな男が18年秋に立教の監督に就任したとき、陸上関係者やファンの心の中ではきっと懐疑的な見方が多かったはずだ。

競技での実績は別としてこれまでの言動がそうさせていた。天才肌の選手が指導者になっても言語化できなかったり理論的に説明できない、と、良く言えばそういう見方もある。

 

ただ結果的に、(計5年間の)指導者として箱根出場という第一弾のチーム目標を完遂し、一歩ずつ着実に力をつけさせたことに、評価は上々だった。

立教はますます強くなる。そう思われた。そんな折の不祥事だったのだ。

 

稀代の天才ランナーが、日本陸上史上最も愚かな人物に堕ちた。

部員も関係者もファンも裏切った。

上野は今後の生涯を通じて反省しなければならない。

 

上野裕一郎(2024年現在) Number Webより

 

と、ついつい上野裕一郎について語ってしまったが今回の本題はそこじゃない。

彼の解任後、2024年4月、新たな立教の監督に就任したのが林祐介である。

伊勢市出身、伊賀白鳳高校(旧・伊賀上野工業高校。三重県における長距離の強豪。中村匠吾(Ep.42参照)も同校)卒。

駒澤大学トヨタ自動車と進んで活躍したエリートランナーだった。(西山雄介(Ep.142参照)も同じルート)

 

林祐介駒澤大学での現役時代) 月刊陸上競技より

 

高林を語る上で外せないのは宇賀地強深津卓也という2人の選手である。

彼らは高校時代、5000mで13分台の記録を出した世代屈指のランナーだった。

現在でこそ珍しくないが2005年度当時としては高校生年代のトップオブトップ。厚底シューズの影響により高速化著しい現在の高校長距離界に換算すると”5000mで13分30秒台”ほどのインパクトがあると言えるだろうか。

 

そしてこの”世代のトップスリー”が、こぞって駒澤大学の門を叩いたのである。それは当時、大学長距離界の大きなニュースだった。2006年春の話だ。

 

左から高林、宇賀地、深津(嗚呼、この写真、みんな若い。眉毛の細さが時代を感じる) 全日本大学駅伝 HPより

 

宇賀地・深津・高林のトリオは駒澤でも大活躍。数々の駅伝タイトルを獲得した。(振り返ると私が駒澤のファンになったのはこの時であり、彼らの活躍があったゆえである)

大八木弘明監督のもと、着実な成長を遂げた3人は結局、大学4年間においても”世代のトップスリー”だったと言っていい。

 

ここで、彼らの前後世代について見てみたい。

 

[2004年入学]

上野 裕一郎 (中央大 ← 長野・佐久長聖高)

北村 聡 (日本体育大 ← 兵庫・西脇工高)

松岡 佑起 (順天堂大 ← 京都・洛南高)

伊達 秀晃 (東海大 ← 福岡・大牟田高)

 

[2005年入学]

佐藤 悠基 (東海大 ← 長野・佐久長聖高)

竹沢 健介 (早稲田大 ← 兵庫・報徳学園高)

木原 真佐人 (中央学院大 ← 兵庫・報徳学園高)

M.J.モグス (山梨学院大 ← 山梨・山梨学院大付属高) 

 

[2006年入学]

宇賀地 強 (駒澤大 ← 栃木・作新学院高)

深津 卓也 (駒澤大 ← 群馬・東農大二高)

高林 祐介 (駒澤大 ← 三重・上野工業高)

ギタウ・ダニエル (日本大 ←ケニア・ガル高)

 

[2007年入学]

 

[2008年入学]

柏原 竜二 (東洋大 ←福島・いわき総合高)

鎧坂 哲哉 (明治大 ←広島・世羅高)

 

[2009年入学]

村澤 明伸 (東海大 ← 長野・佐久長聖高)

 

錚々たるメンバーだ。

多士済々のスーパースターたちが各大学に分散し、百花繚乱の状況だった。(私はこの頃の大学長距離シーンが歴代で最も好きだ)

2学年上が上野たち四天王、1学年上が佐藤悠基・竹沢。そして2学年下に柏原、3学年下に村澤。

 

つまり高林たちの世代というのは、下級生のときは超強力な先輩世代の背中を追いかける挑戦者として、上級生になるとこれまた超強力な後輩たちの挑戦を受けて立つ、そんな4年間だったと言っていい。

 

日本テレビより

 

かかる状況下、高林は大学3大駅伝(出雲・全日本・箱根。2006〜2009年度)で11回出走、うち7回で区間賞を獲得!?

驚異と脅威の記録である。

 

だがここで触れなければならない大事なことは、当該トリオの中で高林は”序列3位”だったということだ。

 

宇賀地強(駒澤大学時代) 加納由里オフィシャルサイトより

深津卓也(駒澤大学時代) スポーツナビより

 

外の人間が見る分には宇賀地・深津・高林に実力差はないように見えた。

が、駒澤大学の中で(大八木監督の中で)は異なっていたようだ。

 

当時の駒澤においては、エース区間は宇賀地、準エース区間は深津が担っていた。

特に宇賀地は大学駅伝皆勤賞(4年間×3大会=12回出走)。しかし区間賞はわずか2回。だがその事実こそが、他大学のエースたちと同区間に出走して激闘を繰り広げた彼の軌跡であり、粘り・ガッツ・攻め・勝利への意志・ファイティングスピリット… 現在に連なる宇賀地強というランナーの価値を、世間に強烈に示し続けた。

 

宇賀地強(コニカミノルタ時代) 加納由里オフィシャルサイトより

 

と、ついつい宇賀地強について語ってしまったが今回の本題はそこじゃない。

林祐介についてである。

 

彼ら3人は大学4年間で4つの駅伝タイトルを獲得したが、うち3つが全日本大学駅伝である(06、07、08年)。

全日本の、例えば2008年(三年次)大会に着目すると、

 

2区(前半最大の見せ場。序盤のエース区間でありスピードランナーが集う)は宇賀地が(ちなみに4年連続で同区間出走)、

8区(エース区間。当時は同区間だけ突出して距離が長かったため各大学の最高のランナーが集結した)は深津が担当した。

 

高林は、

1年次;5区、区間3位

2年次;5区、区間

3年次;6区、区間

4年次;6区、区間

と計3度の区間賞を獲得。地元で大活躍した。特に6区というのは彼の出身地(伊勢市)のすぐ近くらしい。

 

ここで「計3度の区間賞」というのがポイントである。

先述の通り、当時の駒澤では宇賀地&深津が2区&8区に出走した。他大学も当然、チームのトップ2をこの2区間にぶつける。だが戦力に劣る他大学は3番手以下に駒が足りなかったのだ。

 

そんな中で駒澤。3番手が高林。宇賀地&深津とほぼ同等の実力を持つ。

そんなランナーがいわゆる「つなぎ区間」に出走。これが超強力だった。ここで他大学と大差がついたといっていい。

 

深津、宇賀地、高林 AERA dotより

 

結局このブログの著者は一体何が言いたいのか、と思われるかもしれないがもちろん、高林は最高のランナーの一人だったということである。

 

確かにチーム内の序列は宇賀地、深津に劣ったかもしれない。

しかし他大学のエースが出てこない区間において、ぶっちぎりの実力を見せつけて確実に差をつけた。それが彼の役割だった。格が違ったのである。

常勝・駒澤大学の不可欠なピースであり、チームへの貢献は絶大だった。

 

大学入学後、長らくトラック競技の1万mに出走せず、したがって自己記録の表示には5千mの記録が載り続けた。本人も言うように初期はスピードに磨きをかけていたこともあり、距離の短い出雲と全日本の区間賞は納得するところもある。

だが20kmの箱根でも区間賞を2度獲得。長い距離でも強さを発揮した。(ここが後に入学する油布郁人との違いだと思う)

 

林祐介トヨタ自動車時代) スポーツナビより

 

大学卒業後、高林はトヨタ自動車へ、宇賀地はコニカミノルタへ、深津は旭化成へ進んだ。いずれも実業団の強豪である。

特筆すべきは、3人とも、ニューイヤー駅伝で活躍してチームを優勝に導いたことだ。

 

高林は大学卒業後もトップランナーの一人ではあったが、トラック(個人種目)のタイトル獲得はなく、日本代表にもならなかった。マラソンでも大成せず、2016年に引退。しばらくトヨタでの社業に専念した後、22年から駒澤大学でコーチに。

そして先述の通り、24年春から立教大学の監督へ。当時の話題性は高かった。

(現役時代よりも有名になったのではないかとすら思う。嗚呼、それにしても箱根駅伝人気は異常である..。ちなみに宇賀地強は現コニカミノルタの監督、深津卓也は現旭化成のコーチに。現在は3人とも指導者になっている。立場を変えて、3人の活躍は続いている)

 

先日の箱根駅伝予選会(10/19)ではなんとトップ通過。それとは別にすでに全日本への出場権は手に入れており、今回、本大会に出場することとなったのだ。

 

箱根駅伝2025の予選会をトップ通過した立教大学 日本テレビより

 

話を全日本大学駅伝2024に戻そう。

11/3(日)当日、自宅のTVで8:10の熱田神宮からのレーススタートを見て沿道観戦のために出発。 

今年は塩浜駅近くで見ると決めていた。昨年のJR四日市駅付近は人が多すぎる。2年前のように、そこからJRの「快速みえ」に乗って松阪まで南下して再び沿道観戦するのならまだしも。

 

選手通過予定時刻の30分ほど前に塩浜駅に到着。若い女性、中年の男性、同じ目的っぽい人たちがちらほら。遠征してきたようにも見えた。

私としては地の利をいかし穴場だと思って来たのだが..。同じことを考える人もいるようだ。

 

だが駅から23号線まで歩き、さらにそこから駅から遠ざかる方向に歩くとさすがにほぼ人がいなかった。

やはり観戦には良いところかもしれない。

 

 

レースの方は2区で駒澤が遅れていた。第3中継所(4区へのタスキリレー)の時点でトップ青山学院大とは1分44秒の差。5連覇を狙う王者は早くも厳しい状況に追い込まれていた。

 

全日本大学駅伝 スタート時 日刊スポーツより

 

沿道で待っている間、TVerで中継を観て状況は把握していた。

そして10時頃、私が観戦していた場所にトップ・青山学院の黒田朝日選手が来た。声援を送る。

(以下同様。当然、目の前を走っている選手に声援を送らずスマホで撮影しているだけなんていう失礼な人間では私はない。なので選手を撮影した写真は今回もない)

 

2,3,4位で城西大、国学院大、創価大が通過した後、5,6位で駒澤と中央大がやってきた。

駒澤ファンの私としてはここでルーキーの谷中晴選手を激励したいところだったので、

「駒澤、中央、諦めるな前を追えぇぇ!」

とエールを送っておいた。

(TV中継でも声を確認できた笑)

 

 

監督車(大型観光バス3台に分乗)も通ったので、彼らの方に向かって笑顔で手を振っておいた。

唯一気付いてくれたのが黄緑色のジャージの方。大東文化大の真名子監督かな?

藤田監督(駒澤)、原監督(青山学院)、前田監督(国学院)などは確認できなかった(カーテン閉めてた?)。

けれど先述の立教大、高林監督は確認できた。

「高林、おかえりー」

と心の中で声かけする。

 

最終ランナーの通過を待って今年の沿道観戦は終了。

場所も良く、充実の時間だった。

 

 

帰宅してTVで観戦を再開。

レースの方は6区終盤からトップ青山学院と2位、国学院の優勝争いが緊迫化してきた。中盤まで大量リードを奪っていた青山だが、6区で国学院山本歩夢の猛追を受けて4秒差。

7区は凌いだもののアンカー8区で逆転を許し、かつ2分37秒後にスタートした駒澤・山川拓馬にも抜かれた。

国学院は初優勝、駒澤は地力を見せて2位、青山学院は3位に沈んだ。

 

優勝した国学院大学 8区・上原琉翔 日刊スポーツより

 

5連覇逃すも圧倒的な力を示した前王者 駒澤大学

2区桑田駿介のミス(区間17位でトップと2分23秒差でタスキリレー)で「終わった」感もあった駒澤だが、最終的にトップと28秒差の2位フィニッシュは「負けてなお強し」を印象付けた。しかも全8区間中、1,2年生が5人、内駅伝デビューが3人という布陣で優勝に肉薄した。

 

昨年度のチームは先行逃げ切りだったので、序盤からリスクを負って前を追う、突っ込む、という状況は初のはずだが、それでも3区伊藤蒼唯(16位→8位)、4区谷中(8位→5位)が先行するチームを追い抜き格の違いを示した。(振り返ると伊藤の走りは大きかった)

 

エース集結の7区では篠原倖太朗が、アンカーの8区では山川が、怒涛の連続区間賞。

大会前、藤田監督が「後半区間には自信を持っている」と述べていた通り、2人は他チームを寄せ付けなかった。

 

7区・篠原倖太朗(駒澤) 月刊陸上競技より

 

全日本は2018年にコース変更が行われて7区が17.6kmに延長されたことでとても面白くなった(1〜8区の総距離は不変)。つまり(8区と併せて)20kmを走れる強い選手を2枚揃えなければ勝てなくなったためだ。

これに最も上手く対応したのが駒澤である。

7&8区が小林歩夢&田澤廉、田澤&花尾恭輔、鈴木芽吹&山川、そして今大会の篠原&山川。

毎年、超強力なワンツーパンチを放っている。この7&8区の合計タイムは毎年駒澤が一番のはずだ。

 

特に今大会、7区篠原が歴代3位、8区山川が日本人歴代2位(歴史ある同区間は外国人ランナーが歴代記録を席巻している)で走り、計1時間47分6秒というのは歴代最速であり、国学院の同1時間49分21秒、青山学院の同1時間50分10秒と比較してもぶっちぎりだった。

 

特にレース最終盤、国学院がビクトリーロードをひた走る後方で山川が青山学院の塩出翔太を抜き去っていた様がTV中継で映った際は誰もが目を疑った。

優勝に届かなかったものの藤田監督には笑顔があり「強かった。あれは駒澤のエースの走り」と称えた。

 

山川の走りは本当に凄まじいものだったので、それだけにTV中継の”見せ方”に不満が残る。3位から猛追しているのに先頭とのタイム差をろくに紹介せず。

タスキリレー時点でトップまで2分半あったし、届かないと踏んだのだろう。しかし終わってみれば28秒まで迫った。

見せ方次第では2011年の全日本で、最終8区でトップを走るもペースが上がらない駒澤・窪田忍に対し、炎の猛追を見せた東洋大柏原竜二のように、ハラハラさせるドラマを視聴者に提示できただろうに。

 

8区・山川拓馬(駒澤) 日刊スポーツより

 

伊勢路の歴史に刻まれた新王者 国学院大学

全員が区間上位で走りミスなし。総合力の高さと6区山本の爆発力で勝った国学院

前田監督の区間配置もはまった。”つなぎ区間”とされる6区にチーム一のスピードランナーを配し、叩き出した区間新記録。10人批評家がいたら10人全員が「MVPは山本」と答えるに違いないパフォーマンスだった。

 

国学院にとって「幸運」だったのは、最終8区へのタスキリレー時点で3位・駒澤とは2分33秒もの大差(距離で言うと約900m)があったことだ。(もちろん国学院の実力の高さがゆえに駒澤を突き放せたまでで、「幸運」とするのは実際には不適であるのを敢えてこう称す)

8区序盤、まったくペースの上がらない青山学院・塩出の後ろにくっついていた国学院・上原だったが、中盤で後ろの3位、駒澤・山川との差を気にして前に出る。(あっさり首位交代する)

 

振り返るとこのときの上原の判断は正解だった。

もし、タスキリレー時点で駒澤との差がもう少し詰まっていて1分半程度だったら、違うレース展開と結末だったかもしれない。

もちろん上原と山川の間に2分の実力差はないはずだが、今回の山川の凄まじい走りは、最後に捉えてもおかしくないものだったはずだ。上原は結局、区間9位の走りにすぎなかったのだ。

 

ゴール100m前の最後の直線で後ろを振り向いた上原はギョッとしたに違いない。青山学院より手前に駒澤がいるし、しかもその姿は自分の30秒後方まで迫っていたのだから。

 

8区・山川拓馬(駒澤) 月刊陸上競技より

 

またも勝負弱さを露呈した箱根王者 青山学院大学

相変わらず青山学院は情けない。4区・黒田の区間新の爆走で狙い通り先行逃げ切りを図ったがつなぎ区間国学院にダラダラ差を詰められアンカー勝負で完敗。しかも3位まで転落。

 

「駅伝は前でレースを進めるのが鉄則」とする原監督だが、20kmを走れる選手が1枚足りず。8区・塩出は区間15位に沈む。

この辺が昨シーズンの駒澤との違いだ(彼らは昨年の出雲&全日本で1区から一度もトップを譲らない完全無欠の強さを示した)。

というか青学はよく全日本の8区で首位転落する。同じことを繰り返している。単純に実力がないのだ。

 

青学というチームは過大評価されていると私は思う。確かに毎年・毎大会常に3位以内に入るのはすごいのだが、必ずどこかでミスをして優勝できない。

今大会でいうと8区・塩出であり、3週間前の出雲では5区・若林宏樹(緊迫の首位争いで粘れず、区間5位でトップと24秒差へ拡大を招く)だった。

 

箱根の強さは認めるところだが、それでも彼らが勝つのは2年に1度。優勝できない年は必ず往路で誰かがミスをやらかしてジ・エンドとなる。

つまり2年間、計6大会でミスのない走りをするのは「2年に1度の箱根」だけなのだ。

 

8区・塩出翔太(青山学院) 日刊スポーツより

 

ただ7区・太田蒼生のパフォーマンスは輝きを放つ。

今シーズンの学生長距離シーンは駒澤・篠原、国学院・平林清澄、青山学院・太田を「3強」として見る向きがあるが、個人的には太田を篠原&平林と同格に扱うことに違和感があった。

しかし出雲と今回の全日本の結果を見る限り、「3強」の評価は正しいようだ。

 

平林の4秒前にスタートするも、一度も前に出さず。大方の予想を覆して首位をキープした(結局、両者は同タイム。4秒差のままで8区にタスキリレー)。

 

太田の、この”得体の知れない強さ・不気味さ・タフネス”、というのは健在であり、箱根駅伝2024の3区で佐藤圭汰(駒澤)が「なんであんなに強いんだろう。太田さん」と感想を漏らしたあのときの空気を、今年は早くも全日本で感じることとなった。

 

7区・太田蒼生(青山学院) 日本テレビより

 

その強さはもはやホンモノ 立教大学

初出場の立教大学は堂々の7位フィニッシュ。箱根駅伝2023出場以来、毎大会、面白いように順位が上になっていく。

今大会、立教は日体大、中央大、大東文化大、東洋大、神奈川大、東海大ら箱根優勝経験のある大学に先着したのだ。(憐れ、順天堂大なんて予選すら突破できていない)

もう、完全に実力はホンモノである。

 

高林監督も大きな手応えを感じているようだ。就任1年目でこれほどの結果を出す手腕には最上級の評価がなされるべき。

本人の人柄や、現役引退後の社業専念(トヨタ自動車)時代に養ったマインドもさることながら、就任直前まで王者・駒澤大学でコーチを務めていたことが何より大きい。

それは具体的なトレーニングメニューやメソッドを知っているからというよりも、「練習でココまでやらなければレースでは勝てない」という明確な基準を選手に提示できることが最大の強みだと推察する。

立教大学の駅伝強化プロジェクトチームは、まったく最高の人選をしたと思う。

高林監督と立教大学の今後の活躍に目が離せない。

 

8区・安藤圭佑(立教) 日刊スポーツより

 

というわけで、三重県を舞台に全国の学生長距離ランナーたちが輝きを放った全日本大学駅伝2024が幕を閉じた。

来年の大会までに、どんな一年が待っているだろう。

 

 

----------------------------------------

All Japan University Ekiden Championship 2024

Ep.228

“All Japan University Ekiden Championship 2024” was held alongside Route23 from Nagoya to Ise-jingu shrine, way to Yokkaichi, so long 106.8km.

This year, Kokugakuin university won this race, for the first time!

 

https://daigaku-ekiden.com/

https://www.tv-asahi.co.jp/ekiden/