Ep.204
疑うことなく日本ラグビー界の名門である。
私がラグビーを見始めた頃(2000年代前半)、神戸製鋼にいた日本人選手というと、
元木由記雄(91年、95年、99年、03年W杯出場。日本代表キャップ79。明治大学、神戸製鋼、ジャパンの伝説の主将、90年代最高のCTB、ミスター・ラグビー)
伊藤剛臣(タケオミ。99年、03年W杯出場。神戸製鋼伝説のNo.8。Ep.30参照)
増保輝則(ますほてるのり。早稲田大出身のWTB)
苑田右二(03年W杯出場のSH)
大畑大介(99年、03年W杯出場。説明不要の世界のトライ王。Ep.30参照参照)
らだった。
7連覇時代は既に終わっていたが、まだ毎シーズン優勝争いの最有力にいた時代の選手たちだ。
彼らの時代から20年。神戸は優勝からは遠ざかることが多いが(例外は18-19シーズン。後述)、毎シーズントップ戦線で存在感を見せつけている。
そんな”関西の雄”、神戸(旧・神戸製鋼)には強力な外国出身選手、とりわけニュージーランド出身選手が多く在籍してきた。
そこで今回は私が大好きだった選手たちを紹介したい。
<W杯で放った世界最高の輝き SOアンドリュー・ミラー(98〜04年所属)>
90年代後半の名SO(スタンドオフ)。がっしりした体格、正確無比なキック。アンドリュー・ミラーである。
オールブラックスの代表経験はない。時、まさにアンドリュー・マーティンズ、カーロス・スペンサー(Ep.98参照)という二大スーパースターがスタンドオフに君臨していたからだ。
才能に溢れた青年は海を渡り神戸で開花した。
神戸製鋼で99、00年度の日本選手権制覇に貢献。日本代表で2003年W杯に出場。
2003年、私は高校3年生でラグビーのW杯を観たのはこの大会が初めてだった。
当大会でジャパンは4戦全敗するのだが、ミラーが放った世界最高の輝きは今でも忘れない。
フィジー戦、ハーフウェイライン付近のラックでSHからのパスを受けるべく立ったポジションが明らかにドロップゴールを狙う深さ。
まさか、
と思ったら本当に狙い、しかも決まってしまった!!?
私はこのプレーに仰天した。
あらためてこのブログを書くにあたり調べたら、ミラーが決めた「52mのドロップゴール」は、今でもラグビーW杯史上最長距離なのだという。(Wikipediaより)
03年W杯というと、イングランドがSOジョニー・ウィルキンソンを擁して初優勝を遂げた大会だった(今でも北半球勢唯一の優勝)。
ウィルキンソンがいた頃のイングランドの戦い方というのは革命的で、ペナルティを得たら迷わずショットを選択。距離が長かろうが角度があろうが常にペナルティキックで3点を狙いにいく。
それどころかゴールに近い位置まで来たらドロップゴールをガンガン狙う、というものだった。
スーパーブーツのウィルキンソンあっての戦法である。
当時ラグビーを観始めて間もない私は、日本の大学ラグビーでとにかくトライを奪いにいく戦い方を見慣れていた(ゴール前でペナルティを得てもタッチに蹴り出してラインアウトモール狙い)。
それだけにウィルキンソンとイングランドの戦法には驚いたし、誇り高き母国が、ラグビーの華であるトライを狙わず、3ポイントを積み重ねていく戦い方に徹したことにも驚いた。
今後世界のラグビーのカタチがまったく新しいものに変わっていくのではないか、新たな潮流になるのではないか、と思ったのも事実だ。
だが実際にはそんなことは起こらなかった。ウィルキンソンとイングランドは特異的だったのだ。
そしてそんなウィルキンソンであっても、ハーフウェイラインからのドロップゴールなんて試みない。
あれはジャパンの司令塔、アンドリュー・ミラーが放った世界最高の輝きと言えた。
もう一つ愉快な話を。
03年W杯のあれもフィジー戦だったか?
まだ前半だというのにミラーに疲労の色が見えた。膝に手をつき肩で息をしてとても苦しそうだ。
この様子を見たTV中継のアナウンサーが、
「ミラーはかなり疲れているように見えますが大丈夫でしょうか?」
と心配そうに言う。すると解説の大八木淳史さん(元神戸製鋼。つまりミラーは後輩にあたる)が応じた。
「大丈夫です! あれはわざとやっていて相手を油断させてるんですよ」
良き時代だった。
<ワールドラグビー史上最高のSOスタンドオフ ダン・カーター(18〜20年所属)>
オールブラックス通算112キャップ、テストマッチ通算1,598得点(ワールドラグビー史上最多)、W杯4大会出場、11年、15年連覇。ワールドラグビー世界最優秀選手3回。
すでにこのブログでも触れたことのあるSOダン・カーター(Ep.198参照)は18-19シーズン、神戸に在籍した。
ワールドラグビーにおける”ヒエラルキー頂点”のオールブラックス。
テストマッチの長い長い歴史上、通算成績で全ての対戦相手に勝ち越している唯一のチーム。
FWもBKも例外なく備えるパワー、スピード、走力、スキル、状況判断。強さと創造力溢れるプレースタイルだけではない。
献身性、人間力。
ラグビーという”競技の魅力そのもの”を体現しているのがオールブラックスである。
そんな彼らだが、2000年代前半までは無類の強さを持つ、という訳ではなかった。
いや誤解なきように言うと、もちろん昔から強かったことに変わりはないが、2000年代前半から2015年頃までにみせた、あの他を寄せ付けない、ライバルであるスプリングボクスもワラビーズもイングランドもアイルランドも完全に圧倒する異次元の強さ、異常な勝率の高さ、というほどのものではなかったのだ。
では2000年代序盤に何が起こったか?
それは、ある2人の選手のオールブラックスデビューの時期とピタリと重なる。
リッチー・マコウとダン・カーターである。
オールブラックス通算148キャップ(キャプテンとして110試合)、W杯4大会出場、11年、15年連覇。ワールドラグビーの世界最優秀選手3回。史上最高のオープンサイドフランカー(7番)。
あれはマコウが現役を引退するときだったか? オールブラックスのスティーブ・ハンセンHCのコメントをラグビーマガジンか何かで読んだ。
「リッチー・マコウは史上最も偉大なオールブラック。わずかな差で次がダン・カーター」
(”わずかな差”って、なんだよ、と私は思った。それとともに”わずかな差”で史上最高の座を譲ったカーターはどんな気持ちなんだよ…とも)
まあ何はともあれ、オールブラックスの、ワールドラグビーの歴史の中においても最も偉大な選手の一人。それがダン・カーターである。
日本ラグビーにフル参戦した18-19シーズン(翌19-20シーズンはコロナ禍により途中で終了。これに伴いカーターは退団)は神戸を優勝に導く。それもぶっちぎりの強さを見せつけての優勝だった。
名門でありながらも王者からは遠ざかっていた神戸にとって、実に15年ぶりのタイトル。
カーターの功績は最上級に偉大だった。当たり前のように個人MVPとベストキッカーを受賞した。
<ハイパント処理を芸術の域に昇華した男 ベン・スミス(20〜21年、22年所属)>
ところで私が小学生の頃、NBA(アメリカプロバスケットリーグ)はマイケル・ジョーダンとシカゴブルズの黄金期だった。90年代の話だ。
そんな常勝軍団のゴール下を支配したのが”悪童”デニス・ロッドマンだった。
ロッドマンは
「リバウンドを芸術の域に昇華した」
と称されていた。
小学生の私は、
「昇華って何だよ?」
「芸術の定義って何だよ?」
と思っていた。
当時はよく分からなかったが、今なら少なくともその言わんとしていることは分かる。
「昇華」とは、物質の三態のうち固体から(液体を通り越して)気体へと変わること。(例えばドライアイス→二酸化炭素)
転じて、低位から段階を飛び越えてはるか上位の状態へと変わること、の意味で用いられる。(その後中学校の歴史の教科書で「千利休は茶を茶道へと昇華させた」というような表現で使われていた)
一方で「芸術」とは、作り手のメッセージが表現されている、ということである。
ではロッドマンにとってリバウンドとは何だったか?
特別身体が大きいわけでも能力が高いわけでもない。ジョーダンのような得点力もマジック・ジョンソンのような華麗なパスもない。
そんな彼がNBAで生き抜くために、自身の価値を最大化するために、考えたのがゴール下という仕事場とリバウンドというプレーだった。
リバウンドの回数を稼ぐことに異常なこだわりと執念をみせ、それがチームの勝利に直結した。その結果が7年連続リバウンド王とNBAファイナル3連覇という金字塔につながる。
彼の活躍により、リバウンドという指標がより注目を集めるようになったのも事実だ。
ここにおいて確かに、デニス・ロッドマンは「リバウンドを芸術に昇華させた」と言えた。
ベン・スミスの場合はそれがハイパント処理だった。と考えるのは私見である。
味方の最後方に構えるFB(フルバック)というポジションは、相手のハイパント(前方上空高くを目指し蹴り上げる滞空時間の長いキック)をしっかりキャッチしてマイボールにすること、及び自らを含む味方が蹴ったハイパントを敵と競ってものにする、という仕事が求められる。
2015年W杯の彼は、敵・味方に関わらず、ハイパントを9割方キャッチしてしまっていた。
ボールが頭上にあるとき、それは意味としてイーブン(敵・味方どちらもマイボールキープできていない状態)である。
それを確実にマイボールにできるのだから、これほどのアドバンテージはない。
彼は身体が大きいわけでも特別足が速いわけでもなかった。それに2015年のオールブラックスにはWTBジュリアン・サベア、WTBネヘ・ミルナースカッダーという決定力のある両翼がいた。
だからベン・スミスはハイパント処理を磨きに磨いたのだろう。
オールブラックスが2015年W杯を制すことができたのは、背番号15が同大会の空中戦を完全に制したことも大きかった。
その後ベン・スミスは2019年W杯にも出場したがWTBでの起用だった。それは神戸でも同様であった。
でもやはりこの選手は、FBこそがベストポジションであると私は思う。
もう一つ彼のプレーで、相手に捕まってから「ビヨーーン」とゴムのように”もうひと伸び”する、あと一歩前進する、あのプレーも好きだった。
伝わらないかもしれないが…
<現役世界最強LO ブロディ・レタリック(20〜21年、23年〜所属)>
204cm、120kg。2014年のワールドラグビー世界最優秀選手にして現役最強のLO(ロック)の一人。
オールブラックスでは15年W杯優勝に貢献。サム・ホワイトロックとの”史上最多LOコンビ”を形成。
既にEp.154で取り上げたが、現代ラグビーにおける最重要ポジションはロックだという私見に変わりはない。今シーズン神戸に復帰し、チームを強力に牽引する。
<アーディ・鬼神・サヴェア(23年〜所属)>
23年W杯の記憶も新しいオールブラックスのNo.8。
アタックでは誰よりもゲインし、ディフェンスではジャッカルを連発。その活躍は”鬼神”と形容する以外になく、アーディ・鬼神・サヴェアに改名するのが良いのではないかというくらいだった。
大会後、2023シーズンのワールドラグビーの世界最優秀選手に選ばれたのは当然だった。
母国の先輩、No.8キアラン・リードを超え、オールブラックス史上においても最高のNo.8になったのではないか。
今シーズンは神戸でプレー。ぶっちぎりの実力を見せつけている。
第16節、レギュラーシーズン最終戦。
三重ホンダヒートはコベルコ神戸スティーラーズを鈴鹿に迎えた。
前者は既にDivision2のチームとの入れ替え戦に臨むことが決まっているためこの試合で自信を得たい。後者は上位4チームによるプレーオフ進出を逃したため、今シーズンの最終戦である。
神戸は登録メンバーにアーディ・鬼神・サヴェアの名前がない。史上最高のNo.8は鈴鹿に現れなかった。
私は予定が合わず鈴鹿での観戦は叶わず。J-Sportsでの視聴である。
いきなり前半3分にトライを許すヒート。
だがその後8分にSH北條拓郎選手がトライ!
13分にトライを許すものの、すかさず19分にCTB重一生選手がトライを奪い返す。
その後も点を取り合い前半は17-21と僅差で終える。
意外、と言ってはヒートに失礼だが善戦している。
しかしこれは驚くことではなく、現状況下での両者のこの試合に対するpassionの差異か。或いは既にしてそう大差のない実力差を正当に表しているか。
スター選手が存在感を放っているが、神戸は今シーズン、結局は中位に甘んじたチームに過ぎないのだ。確かに開幕戦は同じ相手に15-80という破滅的なスコアで敗れたが、シーズンが終盤を迎えてヒートの実力がupしたと捉えるべきか。
いずれにせよヒートを応援している身としても、勝利への手応えを感じる前半であった。
後半開始早々、神戸はラインアウトモールからトライを奪い17-28。
ああ、このまま離されていくかな、と思ったがここからヒートの時間となる。
15分にWTB本村直樹選手、28分にまたしてもSH北條拓郎選手がトライし、なんと残り10分で31-28とリード!
神戸としては苦しい時間が続く中でもFWではLOブロディ・レタリック選手を筆頭にアタックしていた。
そう、本当にこの選手にいつもボールを渡して突っ込ませているのだ。
倒されて倒されても何度も起き上がり、ボールを抱えて敵陣に突っ込み204cm、120kgの自らの身体をあてに行く。無尽蔵のスタミナとタフネスをまざまざと見せつける、その姿は”不死身のバケモノ”そのものであり、私はやはり彼こそ“現役世界最強LO”だと改めて脱帽した。
このまま逃げ切ってくれ、というファンの願いも虚しくヒートは38分に力尽きる。
ラインアウトモールから逆転トライを許し31-33。
そして試合終了。
記録上はあと2分リードを守れば勝利だった。
しかしラスト10分は防戦を強いられ、トライされそうだな、と割と強く思われたのは事実だ。
紙一重、との評価も適さない、やはりヒートにとって神戸は、一回り二回り実力が上の相手だったと言えた。
レタリックが愚直に繰り返したアタックも、ボディブローのように最終盤に響いただろう。
1勝15敗。全12チーム中の11位。
それが23-24シーズン、Division1のレギュラーシーズンを戦い終えた三重ホンダヒートの戦績だった。
だがまだ総括している場合ではない。ビリから2番目となったヒートはこの後、Division2の2位のチームとの入れ替え戦が待っているのだ。
昨シーズン、全エネルギーを出し尽くして手に入れたDivision1行きのチケットと、それ故に手にできた今シーズンの得難い経験。一年で手放すわけにはいかない。
ファンとしても、世界のスーパースターがそこらじゅうにごろつき、彼らとの対決を毎週楽しみにできるDivision1から去るような事態は最上級にがっくり、である。
入れ替え戦は5/18(土)、5/25(土)。後者が鈴鹿開催。
今シーズンのヒートのクライマックスが始まる。
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Rugby Mie Honda HEAT vs Kobelco Kobe Steelers
Ep.204
Match Week 16 of Japan Rugby League ONE in 23-24 season, Mie Honda HEAT fought against Kobelco Kobe Steelers who is one of the strongest team of Japan’s Rugby history.
HEAT aimed victory bravely, but did not reach slightly, 31-33 loss.
This was the last match of this regular season. They finished 11place (of all 12 teams), won 1 and loss 15.. therefore, proceed with “switch division’s match”, against for 2nd place team of Division2.
Their climax will begin from now on.
http://www.honda-heat.jp/game_result.html?id=281
https://www.kobesteelers.com/interview/post21606/
https://www.youtube.com/watch?v=LcKO1bfTcw0
https://en.wikipedia.org/wiki/Andrew_Miller_(rugby_union)
https://en.wikipedia.org/wiki/Jonny_Wilkinson
https://en.wikipedia.org/wiki/Dan_Carter
https://en.wikipedia.org/wiki/Richie_McCaw
https://en.wikipedia.org/wiki/Ben_Smith_(rugby_union)
https://en.wikipedia.org/wiki/Brodie_Retallick
https://en.wikipedia.org/wiki/Ardie_Savea
https://en.wikipedia.org/wiki/Dennis_Rodman