Ep.148
中学生だった20年ちょっと前の話だ。私は卓球部だった。
当時、つくば市の卓球界にはUという選手がいた。
私より一学年上のU選手は、秋の新人戦と翌春の総体の市大会のシングルスで優勝した。
私はU選手のプレーを見るのが好きだった。
圧倒的に上手で、俊敏で、パワーと正確性を兼ね備えたスマッシュを放ち、ぶっちぎりの強さで優勝していたからだ。
見たところ、彼は実力の6割も出せば楽々優勝できるのだった。
決勝戦でも、例えば珍しく相手選手にクリーンなスマッシュを決められポイントを獲られたとする。すると次のラリーでは、速攻で先ほど相手に決められたそれをはるかに凌駕する強烈なスマッシュを叩き込むのだった。
相手選手のレシーブが甘かったようには見えない。けれど彼は、要するにどんな球でも、その気になればフォアでもバックでも、バチーーン、と強烈に打ち込めてしまうのだった。
「U選手は強いな〜。こういう選手が全国大会とかに行くのかな?」
と思った。
ところがU選手は、県南大会の決勝戦でEという選手に敗れ(新人戦、総体とも)、準優勝に終わるのだった。
市大会ではぶっちぎりの強さで優勝したU選手に、勝利するE選手。
私はE選手のプレーは見たことがない。いや、仮に対戦したとしても、私のようにつくば市大会ベスト16、県南大会二回戦レベルの選手には彼の「実力」が分からないまま終了することだろう。
「E選手とU選手は県大会ではどの辺まで行くんだろう? もしかしたらこの二人が県大会でも優勝争いするのかもしれないぞ」
と呑気に考えていた。
が、それも誤りだったようだ。
当時、茨城県の中学校の部活動の大会は、県北・県東・県南・県西・県央の5地区に分かれていたのだが、卓球においては
『県南地区が最弱』
と言われているとのことだった。
なんてことだろう!?
するとE選手もU選手も、県大会では優勝争いどころか一回戦で負ける可能性もある。
「県大会とか、その先の大会というのは、どんだけレベルが高いとこなんだよ!」
と思った。
私は、私とU選手を立脚点にして「さらに上の世界」のレベルというものを初めて、確かな実感をもってイメージすることができたのだった。
県内の強者たちを倒した先にある県大会優勝の称号。
その先に関東大会があり、その先に全国大会がある。
県大会で優勝して全国まで行けたとしても、そこでは基本的に「47分の1の選手」にすぎないのだ。
全国大会とは、U選手よりも、もっと、ずっと、さらに、ずっと上の選手たち「だけ」で構成されている世界だ。
『上には上がいる』
アタマではそう分かっていながらも、その純然たる事実を目の当たりにすると、ただ圧倒されるばかりである。
これはもう、ドラゴンボールの世界だ。
ドラゴンボールの主人公、孫悟空は強敵と戦い、1度目は敗れる。
そして修行を積み、強くなって、再び戦いを挑む。
今度は勝つ。
するともっと強い敵が現れる→負ける→修行する→再び戦い勝つ→さらに強い敵が現れる...
倒しても倒しても、より強い奴が次から次へと出てくる。
果てしなき戦闘のサイクルと強さのインフレを前にして、
「オラ、ワクワクすっぞ」
とは、普通、ならない。
すべての選手にとって究極的には「全国優勝」が狙うところではあるのだろうが、頂点に辿り着くたった一人の選手を除いて、それ以外の全ての選手は、程度の差こそあれ、道半ばのどこかで敗れ去るという事実がある。
ついでに言うと、全国優勝したからといって将来の活躍が保証されるわけではない。
自分が属する「前後数世代」が特別「弱い世代」だったかもしれず、その場合、学生の枠を取っ払ったシニアの大会(例えば全日本選手権など)では、てんで歯が立たない、ということもあるだろう。
日本王者になったら、その先は文字通りの「世界」だ。もちろん、世界での活躍が保証されるわけではない。
世界とは、各国の王者が集う場所だからだ。
自分と同じプロセスを経てナショナルチャンピオンになった者たちで、構成されている。
他のスポーツだってそうじゃないか
と言われると、その通りだ。
しかし卓球のシングルスや、あるいはテニスやバドミントンや柔道やレスリングやボクシングは、団体球技やレースとは異なり「一対一」で争う究極の個人競技である。
「タイマン」での勝利を、果てしなく繰り返し繰り返したその先に、ゴール(頂き)がある。
世界選手権チャンピオンや五輪金メダリストというのは、まさにヒエラルキー頂点である。
ところで私は村田諒太選手が好きだ。
言わずと知れたロンドン五輪・ボクシング男子ミドル級の金メダリストであり、後のプロボクシング・WBAミドル級の世界チャンピオンである。
彼の著書『101%のプライド』は、私が最も好きな自伝の一つだ。
ここには、栄光・挫折・歓喜・別離・自信・恐怖・強さ・弱さ・理知・感性・努力・友情・勝利、全てが記されている。
ボクサーの生き様とは、人生そのものなのだというのが分かる。
それに私は村田選手と同学年なので、同著書中の時代背景を理解できるし、自分が〇〇歳で□□をしていた頃、村田は△△をしてたんだ〜、と照らし合わすのも面白かった。
同書において、私が印象に残った記述の一つがある。
高校に入学してから初めて本格的にボクシングを始めた(継続できた)村田選手。高校一年の終わりの春にあった全国選抜大会で優勝。これに至るまでは丹念に記されるのだが、その後、
『(全国選抜大会の)優勝は、大きな自信になった。僕は、続くインターハイ、国体を、全試合レェフリーストップという内容で連続優勝した』
という記述でサラ〜ッと終わってしまった。
いやいやいやいや、インターハイ優勝でしょ!? 一言で終わるの!?
という意味で驚いたのだ。
(村田選手は高一でインターハイ準優勝、高二・高三でインターハイ連覇している)
私はウサイン・ボルト(陸上短距離)と、テディ・リネール(柔道)の自伝も読んだことがあるが、彼らの著書にも、
ジュニア王者になった、とか、国内チャンピオンになった、というのが、サラ〜ッとしか書かれていなかった。
私は考えてしまった。
つまり、後に五輪金メダリストになるようなアスリートというのは、なんというか「絶対能力」が違いすぎるので、学生王者や国内王者というものにはサラ〜ッとなれてしまうものなのだと思った。
「凡人」とは根本的に異なるのだった。
三重県にも、「絶対能力」が他選手とは違いすぎる若きアスリートがいる。
卓球・男子シングルで活躍する戸上隼輔選手(2001年生まれ)だ。
戸上選手は津市の出身。
地元の卓球クラブで力をつけ、中学一年生のときに他県の競合校に転校。
高一でインターハイ男子シングルス準優勝。高二・高三で同インターハイを連覇している。
(これは村田選手とまるっきし同じじゃないか!?)
23年1月、全日本選手権男子シングルス決勝戦において、張本智和選手を破った戸上選手は2連覇を達成。
快挙に地元が湧いている。
水谷隼選手引退後の日本の男子卓球界は、日本代表のエースである張本選手がリードしているが(ただし日本チャンピオンには2018年以来なれていない)、張本選手以外の争いという点で、今回連覇を成し遂げた戸上選手が抜け出たという感じである。
現在はドイツに渡り、同国の卓球リーグ・ブンデスリーガの名門チームに所属し、エースとして活躍しているとのこと。
プロレスが大好きという戸上選手。優勝インタビューでは先日亡くなったアントニオ猪木氏の言葉も出た。
とても明るいキャラクターなのだ。
美しき県庁所在地・津が輩出した、戸上選手の今後の活躍が楽しみだ。
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津 Tsu, How beautiful this city is! “Ping-pong Star, 戸上隼輔 Togami Shunsuke”
Ep.148
A rising star of table tennis player, Todaka Shunsuke is a 2 times champion of All-Japan Championship.
He’s from Tsu city, therefore lots of people in Mie expect him to defeat his rivals in World Championship or Olympic games!