みんなの笑顔が三重(みえ)てくる Jima-t’s diary

「地域性」に光をあて、「違い」を学び、リスペクトし、楽しむというスタンスで四日市や三重の魅力を伝えていきます

「犬がいた季節」

Ep.45

四日市を舞台にした伊吹有喜さんの青春小説「犬がいた季節」に地元が沸いている。

 

市の観光交流課は散策ガイドマップを発行し、市内最大書店の丸善では来店者の誰もが目につく場所に半年間にわたり伊吹有喜さんコーナーを設けて盛り上げている。

 

四日市で育った伊吹さんによる本作品は、2020年10月の出版以来大変好評で、翌2021年の本屋大賞で第3位になった。

 

本作の特徴は、四日市市内の実在の場所や名称を徹底的に登場させ、風土や空気をも描ききったところにあり、それが地元を狂喜させている要因となっている。

 

 

主人公たちが通う高校のモデルは、実際に三重県で最高の進学校である「四日市高校」(通称:しこう)だ。

作品中では「近隣の50の中学校のトップが集うため、彼らでも入学後は学年順位50番になり下がる」とあるように、俊才たちの高校だ。

 

読み進めていくと、高校生たちが早稲田大学東京大学東京工業大学三重大学医学部、に合格したと示唆される描写が出てきて、さすがだな、と思ってしまう。

伊吹さん自身も、しこうの卒業生だ。

 

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十四川の桜並木 右手に見えるのが四日市高校

 

私はこの小説を菰野図書館で予約してから半年間待ってようやく借りることができた(四日市図書館ではもっと長く待たされそうだったのでとなり街の図書館を利用した)。

私がこの作品を読んで感じたことは、以下の2点だった。

 

① 故郷を離れる決断をした人たちの物語

世代の異なる高校三年生たちの青春を連作で描いており、多くの作は「恋」と「進路」を主軸としている。彼らにとっての進路とは、

 

地元の大学に行くか、東京の大学に行くか

 

であり、また大学四年生にとっても、

 

東京に残って就職するか、地元に戻るか

 

という二者択一の「決断」を意味する。

 

四日市という土地と濃密に結びついたこの作品は、実は、故郷を離れる決断をした人たちの物語だ。

この観点に着目すると、彼らの父母世代、祖父母世代もまた、彼ら自身の故郷を離れる決断をしていたことがわかる。彼らの現在の状況は、過去に自身が下した決断に立脚したものだということがわかる。

 

私自身も大学入学に伴い地元の茨城県から上京し、そのまま東京で就職した人間だ。

大学や大学院時代の友人たちはだいたい自分と同じ境遇だし、現在の職場には単身赴任の同僚たちがたくさんいる。

そんな彼らとよく話をするのは、

 

自分はどこの街で働くのか

家族はどこに住むのか

実家はどうするのか

自分は最期をどこで迎えるのか

 

ということだ。尽きることのない話題といっていい。「犬がいた季節」にも、それが描かれているのだ。

 

著者の伊吹さんは本作品に対するインタビューでご自身の経験を語っている。

弁護士を目指して東京の大学に入学した後、四年生になって進路を決断する段になって、名古屋の法律事務所への就職が決まりかけたが、出版社で働きたいという自身のもう一つの夢をどうしてもあきらめきれなかったこと。その際にある恩人の方から、

 

「キミは人生の門出で泣いてはいけない。自分が決断した道を、堂々と歩んでいけばいいんだ」

 

という言葉に救われたこと、を涙ながらに語っている。

(個人的には作品よりもむしろこちらの方が感動する)

 

 

② 問われる「四日市レベル」

先に述べたように、この作品には実在の場所が非常に多く登場する。

このうち例えば、

 

近鉄湯の山線の高角(たかつの)駅の周辺の田んぼ道を、自転車で走る情景や、

自転車でミルクロードを南下して鈴鹿サーキットに向かう道中で、友情が深まることや、

石油コンビナートのフレアスタックを、ハートに火が灯る心情に重ねることや、

あすなろう鉄道のナローゲージが、二人の距離(物理的にも)を縮めることなど、

 

市内の各所を舞台装置として、非常に効果的に利用している。

 

上記以外にも、

カップラーメンよりも茹で上がるのが早いからという理由で、そうめんを好んで食べる大矢知(おおやち)出身の男の子や、

「来やんの?」という地元の方言に心がグラつく女の子や、小山田記念温泉病院での待ち合わせや、地元の進学塾・鈴鹿英数学院など、

 

そこまで登場させる必要ある??

 

というくらい徹底的に出してきている。

なので私は途中から、

 

これは伊吹さんからの挑戦状なのでは?

 

と思い始めた。問われているのは「四日市レベル」だ。

 

私は四日市で暮らし始めて一年半しかたっていないが、休日はチャリと車でこの街中を走りまわっているため、もはやこの街のことはだいたい理解している(と思っている)。

したがって実在の場所やちょっとした小ネタやニュアンスにも、ついていけた(と自覚している)が、一つだけ、知らなかったことがあった。

 

それは中央通り沿いにある老舗のたい焼き店「伊藤商店」で、ここのたい焼きは片面ずつ丁寧に焼き上げた後、重ね合わせるのだという。

後日、さっそく訪れてみた。

 

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焦げているところがいい! 表面はカリカリ、中はもっちり。あんこは潤沢。最高だった。

 

 

物語の最終盤、主人公の塩見優花が「うみてらす14」(Ep.19参照)の展望室からつぶやく言葉が印象的だったので、これを紹介して終わりにしたい。

 

『山でしょう、それから海。街と港に工場、全部が見える。ここからの景色が一番この街らしいと思うの。私たちはここで暮らして、大きくなったんだ』

 

伊吹有喜さんの四日市への溢れる想いがつまった小説「犬がいた季節」なのだった。

 

 

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犬がいた季節

Ep.45

A novel “犬がいた季節” gets a great review, especially by citizens in Yokkaichi.

Author 伊吹有喜 is from this city and the story is inspired by her high school life in the 90’s.

That’s why so many actual location and name are written in this novel.

This fact let local people delight so much.

 

This is the story about some people who have decided to leave or already left from their hometown.

On the other hand, this is a challenge to us, “How knowledge about Yokkaichi”.

 

 

犬がいた季節

犬がいた季節

 

 

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